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いぬでもあいして

 床板に直接ひいたブランケットの上に丸くなって寝ている長身の男の肩を毛布の上から揺さぶると、彼は浅い眠りから目を覚まして震える瞼を持ち上げた。
「薬、飲めそうですか?」
 しばしの無言の後、子供のような仕草で彼はこくりと頷くのを見て幾つかの錠剤を手渡す。ぼんやりとしたままの彼が乾いたままだろう口の中にそれを放り込むので苦笑してしまった。
 急いですぐ後ろの年代モノのストーブの上に乗せてあった空き缶をコートの端を使って摘み上げて、マグカップに注いだものを手渡すと、彼はやっぱりそれをそっと受け取った。
「熱いですよ」
 僕の言葉に、もう一度彼は頼りなく頷く。
 何度か息を吹きかけてカップの中身を口にした彼は、不安げに僕の顔を伺った。
「ただの砂糖ですけどね。何も食べてなかったでしょう」
 僕を見ていた瞳がふらりとカップの中に戻る。彼の手の中で、からりとカップの底の固めた砂糖が転がる音がする。
「飲んだら、もう少し寝るといいですよ」
 告げて解体しかけた銃を置いた机に戻ろうとすると、掠れた声が耳に届いた。
「ラグトリフ」
 縋るように名前を呼ばれて、また彼の側に膝を付く。
「ラグでいいですよ、ベルナルド」
 その手が震えているのは見ないフリをして、そのまま同じブランケットに腰を下ろすと、ふ、と安堵するような溜め息が漏れる。
「ラグ」
「はい」
 躊躇うような間があった。
「さむいんだ」
 言葉は、部屋の寒さのことではない。彼が言っているのは自分にも覚えのある恐怖だ。
「慣れるしかないんですよ」
 ストーブの小さな覗き窓から漏れる、チラチラと視界に白い光を見ながら言う。
「拾われてしまった命は、半分は自分のものじゃないんですから」
「……――望まなくても」
 言いかけて口を噤んだベルナルドの頭の回転の速さに、今更ながら驚いた。
「望まないからこそ、ですよ」
 釘を刺すような一言で、彼がしたであろう予想に丸をつけた。
 一度死の寸前までを味わってしまえば、その場所に立ち返る恐怖は断ち切りがたい。
 なまじ使える人間だったことが、ベルナルドの不幸だった。無能だったなら、そのまま死ぬことが出来ただろう。
「あのまま死ねれば楽だったんだろうな」
 やはりベルナルドは僕の言葉を先読みするように呟いて、溜め息を吐いた。
 マグに口をつけかけたベルナルドの方を横目で盗み見て、問いかける。
「監獄に戻りたいですか?」
 ガクン、と彼の肩が震えた。手にしたものを落としかけるほど動揺して、がくがくと震える手に、ベルナルドは歪んだ顔で笑う。
「……嫌だ」
 そういって、彼はぼろりと泣き始めた。
「嫌だ、いやだ……――っ、…」
 その手からカップを取り上げて、毛布を肩に掛けてやりそのまま抱き締める。
「息、ちゃんとして。大丈夫ですから」
 自ら追い詰めながら、彼が欲しがっているものを押し付けて、ああ、だからカポは私に彼を任せたのだと察した。
「――ベルナルド、もう大丈夫ですよ」
 縋る手を握り返して、僕はまた一つ、酷く罪深い嘘を自分に吐いた。