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デイバンの幻

 死ぬことを自覚したのは、人よりも遅い歳だったような覚えがある。
 自分が将来、マンマのような女性になって、パーパのような男性に連れられて社交界デビューするのだと薄ぼんやり信じていたのが、自分が見た目が華奢なだけのただのペニスのついた男だと知って、生意気にもこの世の終りを見た時だ。
 途方もなく頭の悪い理由で一晩泣き明かした朝日の下で、花の枯れた花瓶を腫れ上がった目で眺めながら、「こんなに辛くても終わりはくる」と知り、俺は初めて死ぬことを自覚した。
 酷い話だ。
 だからかは分からないが、反射的に訪れた迎えを目の前に「やっとか」と思った。俺はどうやら、死にたがっていたらしい。遺していく何かにも誰かにも気が行かなかったので、自分はそれだけしかない人間なのだと自覚させられた。
 そうして、瞬きより早く奪い去られた。

*

 気づくと俺はどこかに立っていた。
 うまくものを考えられない頭だけ抱えてふらふらと何処かに向かうと、俺はいつの間にか今までずっと仕事をし続けていた本部の天井に立っていて、真下には心底疲弊しきった顔のベルナルドが仕事をしていた。
「俺に恨み言でも言いに来たのか」
 ベルナルドは受話器を置いてそう言って、ちらりと視線を俺に向けた。
 俺はどんな顔をしていただろうか。
「俺を嗤いに来たのか」
 彼が口に咥えていた吸いさしの紙巻は、フィルターばかりが山になった灰皿に放られた。
「お前は俺の幻覚か。俺はついにイカレたのか」
 そうしてベルナルドは髪を掻き毟り、俺の見たことのない顔でデスクに突っ伏した。
 電話の呼び出し音が雨のように降る。
 どこで死んだのかさえ、覚えていない。どこで頭の中身だか、腹の中身だかぶちまけたのか、それを誰にやられたのか、見られたのか、興味すらわかない。
 最期に強く思ったことは、やっと終われるということだった。
 なら、これが何よりも的確な罰だと思った。
 何も言えない。手は届かない。俺は誰を愛していたのだろうか。
 名前を呼ぼうとした声は、灰皿で死んでいくばかりのタバコの煙にかき消された。