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理解者の憂鬱

 死ぬことより恐ろしいことを知っている。
 だから逃げるように仕事をしている、のは理解していた。
「おーい、ベルナルド」
 ソファに身体を横たえているベルナルドに声を掛けるが、返事はなかった。ぐったりと死体といった感じになっている男の頬をふに、と抓むとようやく目が開く。
「寝るなら部屋に帰れ」
「二時間後に電話があるんだ」
「部下に頼め」
「……そういう訳にもいかない」
 嘘吐け。押し問答になることは分かっていたのでそれは言わずに、深いため息を零してどうしたものかとソファに根を生やしてしまっている男を見つめた。
 収監されていた時とまるで同じだ。
 こいつも大人の男なのだから、あの時と同じに時間さえ経てば勝手に復調するのだろうが、残念なことに俺は自他共に認めるお節介だった。放置しておくには、こいつは痛々しすぎる。
 ――と、言うことにしておいた。
「おい」
 心底困った顔で俺とベルナルドを見比べていた彼の部下に視線をやると、流石にベルナルドが傍に置いている男らしく、気圧されたのは一瞬で彼は俺の言葉を待つ姿勢になる。
「本当にこいつが必要になる仕事は何時間後だ」
「――五時間あります」
「ジョバンニ……」
「いい部下を持って幸せだな。給料上げてやれよ」
 心酔してくれているだろう部下に文句を投げようとするのを阻止して、ベルナルドを一緒に寝ていた毛布ごと抱え持ち上げる。
「コレは俺が預かってやる。上の仮眠室にいるから、緊急事態があったらそっちに電話しろ」
「了解しました」
「おい、ルキーノ」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
 矛先の変わった文句も切り捨てて、執務室のドアを開けてくれたジョバンニに笑み一つ残してずかずかと廊下に出ていく。
 ベルナルドは流石に無駄だと察したのか黙っている。
 俺が仕事に戻るタイミングで自分も戻ればいいだろうとか思ってるのだろう。馬鹿が。
 夜中の本部では誰にも会うこともなく、上のフロアまでたどり着く。今度は開けてくれる人間が居ないので、ドアノブだけ屈んで回すとあとは足でなんとかした。耳元に呆れたようなため息があったので、だったらあんたが手貸してくれればよかっただろうと思わないでもなかった。
「さっさと寝ろ」
 狭いベッドにベルナルドを放ると、いじけたように背中を向けられる。ガキのような行動に呆れながらも背後から手を伸ばして、緩めただけになっているネクタイを外してやった。ベルナルドの靴もジャケットも下の階に置きっぱなしになっていたのを思い出したが、まあ問題ないだろう。
 外したネクタイを向かいに並んでいるベッドに投げて、俺もジャケットを脱ぎ始めると、ようやくベルナルドはぎょっとしたようにこちらに視線をやる。
「お前、仕事は」
「俺の部下も優秀なんでね。一日開けた程度で何とかなったりしねえっての」
「サボりか」
「見張りだ」
 にいっと、何人もの女を黙らせてきた笑みを見せると、意外なことに幹部筆頭殿も口をつぐんだ。可愛いところもあるもんだ……などと、トチ狂った頭がそんな感想を述べる。
「寝ろ」
 脳内の言葉を無視して改めてそう言い直すと、ベルナルドは今度こそ本当の意味で諦めたらしい。寝返りを打ったベルナルドは、べしりと俺の腰を叩いて、お前も寝るなら隣で寝ろ、と注文をつけた。
 へいへい、とジャンのような返事をして、部屋の効率重視で人ひとりが通れる分しか隙間の空いていない向かいのベッドに座り直す。
「物好きめ」
「俺もそう思う」
 ぼやきに俺もまた素直な感想を重ねて、ベッドに横にはならずに手を組んでこちらを見ているベルナルドを眺める。
「……目ぐらい閉じたらどうだ。寝れないのは分かるが」
 そうしないと、見ていられないだろう。
「何があったか知らんが、とっとと復調しろ」
 嘘だ。本当は知っている。
「ジャンに心配掛けたくねえだろ?」
 絶対に頷くだろう台詞を卑怯に吐くと、予想に反してベルナルドは毛布を引き上げて顔を隠す。
「どうした?」
「こっちの台詞だ」
「ああ?」
「どうしてお前の方が泣きそうな顔をしてるんだ」
 毛布の下から、ぼそぼそと探るような声で投げかけられる。
 一瞬固まってから、そりゃバレるだろうなと思い直した。知られたくないわけじゃない。にしても、相手に察させるなんぞ情けないことこの上ないだろう。つまり、そういう男なのだ、所詮は。
「……俺が臆病なライオンで、あんたはカンザスの田舎娘だからじゃねえのか?」
「それでも、魔法は手に入れただろ」
 そう言われて、ちらりと自分の右手に刻まれたタトゥーを見た。魔法と言うのなら、確かにそうなのだろう。けれどだからこそ、ベルナルドは信仰を捨てきれず弱っているのだから、皮肉なものだ。
「でも、なりたかったものとは違うな」
 きっと傷つくだろう言葉を吐いて、自嘲した。
 俺とベルナルドは血筋が同じ以外は何もかも正反対だったが、道の違え方と行き着いた先は同じだった。だから、出会った頃は嫌っていたし、今こうやって惹かれているのだろう。ベルナルドは否定するかもしれないが。
「……お前としゃべっていると死にたくなる」
「そりゃ、お互い様だ」
 笑って手を伸ばし、毛布の上から頭をぐりぐりと撫でると呻き声が上がった。
 それでもベルナルドも諦めろとも嫌だとも言わなかった。だから、これは肯定だ。
「傷の舐め合いも悪くないさ」
 その言葉でようやく、死んじまえ、とベルナルドは弱音を吐いた。