Novel

TOP > SS > LUCKY DOG1 > Luchino x Bernardo > のろけばなし

サイドメニュー

Menu

のろけばなし

 セックスの後の微睡みの中、毛布に染み込んだ残り香は、いつだって慰めよりも罪悪感を運んできた。
 他人を占有する快楽はその頃には何処か消え果てて、他人がシャワーを浴びている音を聞いているこの瞬間が一番死んでしまいたくなる。夢ならマシだと思うくらいに、セックスの感触や気怠さは幸福感より俺の頭を正気に叩き戻すことの方が多かった。
 ざあざあ、降り注ぐ音は、朝から降りしきる雨の中で義務の一つの日曜礼拝での居心地の悪さに似ていた。俺はどうしてセックスなどしていたのか。没頭している間だけの逃避でしかないのに。ずっと昔から。
「死にたそうな顔してるな」
 目を閉じて開いてを繰り返している間に、横たわった俺のそばに座った男は、いまだけ安物の石鹸の匂いがした。
 綺麗に言い当ててくる心地よさと不快感に俺は生返事をして、寝返りを打った。
「逃げるのか」とか「逃げたいのか」と言われた気がしたが、よくは聞こえなかった。
 肩に触れる手は熱く、まだ微かに濡れている。
「ベルナルド」
 窘めるような声音は、会合の場で否定の意味で俺の名を呼ぶ時と近い。逃げてしまいたい。同時に逃げることを恐れている。死んでしまいたい間の方が俺にとっては一番心地がよく、"許される"ことは居心地が悪い。
 けれど、ルキーノはひどく俺を甘やかすのに長けていて、逃げようがない。死んでしまいたい自分をどろどろに溶かしてくれる腕に逃げ込むことをーー捕まって捩じ伏せられて、男の自分から見ても男臭い手が俺の額を撫でられることが、まっさらテーブルクロスに落ちたトマトソースの滲みのような、むしろ自分が握りつぶされたトマトに思えるような、そうやって無茶苦茶に考えて頭の回らない自分を鼻で笑うルキーノが嫌いだった。
「嫌じゃないだろう」
 傲慢の極みのようなセリフでこめかみに唇が触れて、そのまま眼鏡のつるがずれたが、外されることもなく、まだ浮ついてる裸の肌の上を手が這わされる。
「いつまで黙ってるつもりだ?」
 また声が笑っているのに、頰を殴りたくなった。
 生煮えの腹の上を、下生えから臍に指が滑る。ぴくりと半勃ちのものが反応して、羞恥覚える暇もなくすっかり元の大きさに戻っていたルキーノのペニスがこすり合わされる。
「今度はこのまましていいか?」
 重なった二つを手淫されながら言われれば、頷くしかない。息が上がるのもそこそこに、まだ半解したままだった場所をこじ開けられた。
「ほら……もっと足上げろ」
 さっきも散々虐められた場所を割り開かれ、片足を乱暴に持ち上げられて、塗りつぶされていく。
「――ぁ、」
 ぎっぎっと安物のベッドが軋む度、薄っぺらの毛布から上等の香水の匂いと、安物の石鹸――逃れるように頭を振ると、まだ濡れた髪から雫が滴って、胸に落ちる。雨は嫌いだ。揺れる度にぽつぽつと落ちる雨を目で追って、ようやく視線が合う。
 真っ暗ではないが、心もとない卓上の白熱灯だけの影の差した顔は、枯れかけの男をレイプさせられてる癖に穏やかだった。
 濃い赤の虹彩がなぜだか今日はよく見える。
 この男を好きで、この男とのセックスが心地よく、俺は容易に踏み潰されたトマトのように殺される。長々と自分の中に居座って離れない与えられる瞬間の死にたさごと、全部。
「きもちいい……」
 殴りたいほど情けない声が出ても、ルキーノの腕は無意に熱い。
 自分でも笑えるほど下手くそにベッドに誘って、今日も恋人に俺は殺される。