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結実はしない

 俺を呼んでいる声よりも、もがいて動かした手が書類に引っかかった感触で目が覚めた。寝ぼけたまま、潰れかけた紙の束を掴んで安堵したところで「おい」と硬い声に視線を上げた。
「昨日、夜の間に部屋に帰れと言った覚えがあるんだが」
 ずれた眼鏡を直すと、髪を下ろしたままのボス・アレッサンドロが呆れ顔で俺を見下ろしていた。
 窓の外からは暴力的な日の光が入り込んで来ていて、俺は重い頭を振って身体を起こす。無理な姿勢をとっていた背中がギシギシと軋む。
「これだけ、終わらせたかったんで……申し訳ありません」
 僅かに皺の出来た書類を手に縮こまって謝罪をすると、ため息が耳に届いた。視界の端でボスの手が動くのに怯えていると、つけっぱなしだった卓上ライトの明かりが落とされる。
「こういうところは、本当に覚えが悪いなベルナルド」
 すっとボスの声の温度が下がるのに、背筋が粟立った。
「――ベルナルド」
 有無を言わさない強い声音に、震えも隠せないまま視線を上げる。想像した通りの、あの日、俺がこの場所に転がり落ちた時に見た死神の顔でボスは俺を見下ろしていて、俺は椅子から無様に転がり落ちて部屋から駆け出したい衝動に駆られてなお、やはりあの日と同じに動けなくなった。
 呼吸さえままならない俺にボスは手を伸ばし、昨日から着たままだった俺のハイネックの襟元を指で引く。息が止まる感覚に喉に手をやると、硬い感触に当たって、ようやく思い出した。
 そらせないまま俺を冷たく見ていた目が細められ、ボスは鼻で嗤うと指を離した。
「分かったら、奥の部屋で寝てから帰れ」
 あとはもう俺から興味を失ったように俺の前から離れたボスから逃げるようにふらふらと部屋を離れた。
 隠された場所にある自分の飼い主の印に服の上から触れながら、覚束無い足取りで廊下を歩く途中、よく見知った掃除屋とすれ違った。


*

 二日酔いで痛む頭のまま、朝っぱらから胸糞悪い仕事を済ませた俺はどうにかそんな気分を晴らすべく辛気臭い空気の溜まった部屋の窓を開けた。
 自分の屋敷に最初は会計屋を雇うつもりで作った部屋は、今はまだムショから出たばかりのベルナルドが巣にしてしまっている。元々、そうやって使うつもりではあったが、あの男は余りにも卑屈すぎた。
「おはようございます」
 声ばかりは無駄に明るい聞き慣れた声に、俺はまた胸糞が悪くなった。
「どいつもこいつも、朝っぱらから辛気臭い顔並べて嫌がらせか」
 隠しもせずに部屋に入ってきたラグに吐き捨てると、俺とは逆に上機嫌な掃除屋は線を引いたような口元は動かさずに喉で笑った。
「ベルナルドと何か?」
 答えるのも面倒で、書類が山を作っているデスクの上に視線をやると、舞台役者のようにラグは大げさに肩を竦めてみせた。前々から思っていたが、こいつはわざとらしすぎてハムだ。
「一言、信用するとでも言って差し上げればいいじゃないですか」
「わかってて言ってるだろう。それをあいつが受け取れるなら、最初からあんなもの使うか」
 無神経に笑う男を尻目に、俺は自分の首に手をやって、こんなものがないと生きていけない奴の気がしれない、と増えた足枷の苛立ちに舌打ちをした。