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クローズド・サークル

 コン、と控えめに窓をノックする音で浅い眠りは中断させられた。身体を半ば起こしたところでドアが開かれ、冷えきった空気とちらつく雪が幾ばくか車内に入り込む。滲んだ視界に赤い髪が揺れた。
「酷い顔してるな、ベルナルド」
 俺が仮眠をとっていた後部座席に遠慮無しに入ってきたルキーノに苦笑しながらも、席を作るように座り直す。
 通信機材の上に置いておいた眼鏡を掛けると、暗がりとはいえ至近距離に居る男の顔色は普段に見ないほど疲れが色濃い。
「人のことは言えないだろ。色男が台なしだぞ」
 たまった陰気を払うにも、煙草をくわえる気にはなれずため息だけを吐く。それを察したのか、ルキーノは飴の包みを差し出してきた。
 言葉も交わさず受け取って包みを開いていると、ルキーノは甘えるように俺の肩に顔を寄せる。疲れているのはお互い様なので放っておいて、飴を口にする。
 じわりと安っぽい甘さが染みる。視線を隣の男にやると、目を閉じて大人しくしていた。
「寝るのか?」
「……五分だけ」
 掠れた声に、確認するように腕時計に視線をやる。自分もそろそろ移動しなければいけない時間だ。
 毎年のこととはいえ、年末のこの時期は余裕の隙間もない。
 普段なら、隙あらばセクハラし放題の男がこうやって側にいるだけを甘んじているのも、疲れの現れだろう。そう思えば、年長者として少しは優しくしてやろうなどという気にもなる。
「次は顧問の所だったな。俺も顔を出すし、キツイなら一時間くらいここで寝ててもいいぞ?」
 片目が伺うように開き、じっと俺の目を見た数秒後に、ふ、と小さなため息をこぼされた。
「あんたと一緒にするな。体力が足りてねえわけじゃねえよ」
 文句と同時に手が伸びてきて、無骨な指が柔らかく俺の髪を撫でる。そのままずるずるとシートに半端に押し倒された。背中に機材があたって、痛みがあったが、ルキーノは気づいていないらしかった。
 本人には自覚はないのかもしれないが、やはり普段と調子は違っているのだろう。いつもなら文句のひとつも付けているところだが、苦笑のまま背中に手を回した。
「甘えたいのか、レオーネ」
 くしゃくしゃと髪をかきまぜてやると、至近距離で香る整髪料にどこか安堵している自分がいる。ああ、きっと俺もまた疲れているのだろう。
「そうしたいところだが、そうなると俺とあんたを呼びに来る部下を運河に沈めにゃならんな」
 至極真面目な面をしてそんな事を言うのだから、思わず噴き出すと、ルキーノも表情を緩めた。
「愛想笑い以外、久々に見た」
 酷くガキくさいことを言う年下を可愛いなどと錯覚して、唇にではなく口の端に音をたてて口づける。
「……お前もな」
 そう言うと、ルキーノは一瞬後に苦笑して唇を深く重ねてきた。
「ン……、……ぅ」
 差し込まれた舌が器用に飴を奪っていって、小さな水音と共に離れる。
「――、クリスマスプレゼントじゃなかったのか、それ」
「こんな安もんで済ませるワケねえだろ」
 冗談めかした言葉は、飴を噛み砕く音に遮られる。
 本当に部下を口止めに奔走しかねない時間になっているのを横目で確認して、ルキーノの身体を押しやると、スーツ越しに銃とは違う堅い感触が掌に触れて手を離した。
「ん――ああ……、当日渡せるかも分からんしな」
 半ば独り言のようにルキーノは言って、内ポケットからブラウンのリボンで包装された、明らかに女性向けではない小さな包みを取り出す。
「……手」
 ぼんやりとしていた俺はそう言われて掌を差し出す。その上にサイズにしては重みのあるそれが置かれる。
「…………俺は用意してないぞ」
「期待してねえよ」
 包みとルキーノの顔を見比べる俺に、嘘は無さそうな声音で言われてそれはそれで心外だなと思うが、用意していないのは事実なので大人しく苦情は飲み込んだ。
「……まさか指輪とか言うんじゃないだろうな」
「半分ハズレ」
「半分はアタリなのか」
「開けてみろよ」
 ルキーノはどこか面倒くさそうにあくびを噛み殺しながら言い、俺は仕方ないので言葉に従いリボンを解き始める。
 落ち着いた色の紙のパッケージを剥がすと、手で包み込めてしまうサイズの小さなスノーグローブが収まっていた。
 台座はシンプルだったが、婦人向けじゃないかと思ってマジマジと眺めると硝子の中に鎮座しているオーナメントが天使だと言うことに気づく。
 編み上げブーツに白い衣装――金髪で、首からペンダントを下げた。ビシリと自分の思考が凍りつく音がした。
「…………これはアレか。嫌味か」
「あんたが嫌味って分かったんだったら、取り敢えず満足だな」
 反射的に突っ返そうとしたが、手の中でチリン、と液体にくぐもった鈴の音がして、もう一度それを見る。
 スノーグローブを傾けると、底に積もったイミテーションスノーに隠れて、天使の足首にリングが引っかかっているのに気付いた。
 さっきのルキーノの言葉に、きっとそれは俺の指のサイズなのだろうと察する。
「お前……錆びないのかこれ」
「そんなヘマを俺がするか。シルバーじゃなくてプラチナだ」
 一瞬無駄遣いと思ったが、流石に自分のデスクに領収書が回ってくるわけでもないので微かな深呼吸で心を落ち着かせる。
「真意を聞いてもいいか」
 ルキーノはちらりと俺を見てから、曇った硝子を手で拭って外に視線をやった。つられるように同じ場所を見ると、手の中の閉ざされた世界と同じように白い光が降り続けている。
「――教えねえよ。いくらでも待ってやるから、その出来のいいおつむで考えろ」
 ぼそっとルキーノは言って、伸びを一つ、そのままドアに手を掛ける。
 開いたドアの向こう側、長身の肩越しの雪あかりに目を細めた。
「あんたを否定するつもりはねえから、これくらいの意趣返しはさせろ」
 刺々しい言葉とは裏腹に、ルキーノは酷く柔らかく笑って俺は言葉を失った。

 再び閉じられた世界で、何となしにスノーグローブを傾ける。
 緩やかに降る雪に見え隠れするリングが、手の中でまた小さな音を立てた。