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従属するということ

 無機質なコールが一回の後に三回。そうして沈黙したコードに青い印の付いた電話機を一瞥してから、部下の一人も残っていない部屋でため息をついた。
 まだ処理の残っている書類の束を引き出し放り込んで店じまいをすると、廊下に待機している護衛を適当な理由を付けて帰らせる。
 腕時計を見ると、それだけで10分が経っていた。
 コーヒーを淹れ直し、ソファに腰掛けてカップを干したところでようやくゆっくりと扉が開く。俺はそちらを見ずに、相手も声を掛けずに向かいに座ったところで、口を開いた。
「遅刻ですよ」
「ジャポーネじゃあるまいし。ンなもん気にしてると、胃に穴が開くぞ」
 反省の欠片もなくネクタイを緩めながら先代は言って、手土産とばかりにブランデーの瓶をテーブルに置く。
 文句を言いたい気もしたが、聞きやしないことも分かっていたので早々に諦めてカップの代わりにグラスをテーブルに置くと、「氷はないですよ」と付け足した。
「無粋なことを言う奴がいる席じゃないだろ」
 そう俺に釘を刺しながら先代はいそいそと瓶の封を切り、安物の匂いがする琥珀色をグラスに注ぐ。適当な量を注いだ片方を俺の席に押しやり、先代はさっさと自分のグラスを飲み干した。
「相変わらず、細かいところにばかり目が行く男だな。オンナか」
 また自分のグラスを満たしながらケラケラと笑う男を見ながら、別の人間だったならその侮辱を鉛で返してるところだなと苦笑する。安酒を口にすると、ピリと舌先が痛んで眉をひそめた。
「顧問から見れば、誰も彼も神経質なんじゃないですか。――それで?」
 分かっていて用件を問いかける。
 表向きはあの回線は、顧問専用の緊急事態用回線になっている。自分が回線を作り上げた頃からそうだ。その時から、本来の用途はこうだったが。
 顧問は薄く笑みを貼り付けた顔で、濡れた指先を揺らし俺を犬のように呼んだ。
 招かれるまま立ち上がり彼の膝もとに跪くと、ポンと頭に手を置かれる。
「オンナもイイんだが、俺は眼鏡美人に弱くてな」
 その手は優しかったが、微塵も嬉しくない台詞を吐かれて、噛み付いてやろうかと一瞬思った。
「そういう事を言ってしまうから、袖にされるんですよ」
 ため息混じりに非難する視線を向けたが、聞き流され顎を指でなぞられる。
 こうやって流されてもう随分と経つので、俺はまた考えるのをやめた。この人を相手にしていると、馬鹿馬鹿しくなって楽な気がした。流石に黒と赤のレースガーターを贈られた時は突っ返したが。
 顧問の腰に腕をのばし縋ると、口だけで股間のジッパーを下ろした。
 髪を撫で上げられ、顔をよく見られているのが分かる。幾度と繰り返しても俺の顔を見たがるのだけは理解出来ないので、ちらりと相手の顔を伺う。
 いつものように、何も見ていないような目をしていた。或いは、自分ではない誰かを見ているのかもしれない。だから俺はここにいるのだろうと思った。
「ベルナルド」
 名前を呼ばれたので、口元だけで笑って開いたそこに鼻先を入れた。布地に噛みつき下着を下ろすと、まだ萎えたままのペニスに舌をのばす。
「ん……、ふ」
 先を柔らかく噛み、吸って口の奥まで招くと、頭上でまたグラスを傾ける気配がする。
 カリ首を舌先で辿り、余っている皮を吸い上げ、裏筋に柔らかく歯を立てる。犬にするように頭を撫でられながら、舌でペニスを育てると自分も自然に腰が揺れた。
「いいのか」
 笑う声を無視したけれど、腹を革靴で突かれて危うく噛みそうになる。噛みちぎってやろうかと視線を上げようとすると、ぐっと股間を踏まれた。
 涙が浮き、口は塞がれて声も出ない。
 掴んだ指に力を込めると、顧問は満足気に笑う。
「口、開けろ」
 確かな命令をされて、口を開く。
「はっ……、ぅ…ア」
 ぬるりと引き出されたペニスに舌を差し出すと、顧問は根元を扱きながら僅かに息を乱し俺の唇に先を擦り付ける。
 白濁が弾け、唇と舌、頬や眼鏡を汚した。
「おっと、外したな」
 俺のコンプレートや自分の靴に飛んだ液体を見ながら顧問は笑うので、呆れてしまう。もっとも、いつものことだが。
 どろどろに汚れた口元を拭って、視界を塞ぐ精液をどうしようかと思案しかけたところで、手がのびてきた。眼鏡のレンズを直接指で拭ってきた男に文句をつけようとすると、顧問は出会った時と同じ表情をしていて、出かかった言葉は潰される。
 とん、と顧問は踵を鳴らした。
「ベルナルド、舐めていいぞ」
 レンズをどろりと白濁が流れ、膝にポツリとこぼれる。
「嬉しそうだな」
 口元を撫でられ、俺は自分の表情も自覚できないまま、ただ床に這いつくばった。