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Sleeping Beauty

 彼の肩には紅い華が咲いている。

 テーブルには白い粉が眩し過ぎる照明の光を乱反射させていて、男はふらりとそこに手を伸ばしては指ですくい、舐めとっていた。
 それを咎められる人間は、いまはまだ此処に居なかったので。
 わざと男の背後で足音を立てると、長い間手入れのされず伸びた髪がもつれて揺れる。
「あんたか、ベルナルド」
 酒焼けよりもっとひび割れた声で男は俺の姿を認めて、不器用に背を動かした。
 彼の跪く床にまかれた書類は、照明で眩しく光、余計にその男の持つ赤色を目立たせる。
「気に食わないだろうが、そう邪険にしないでくれ、ルキーノ」
 そう肩を竦めたが、当の本人は力なく笑って「誰でも一緒だ」と呟いた。
 その言葉は否定しようもなく、俺はいつものように抱えた新聞紙の束を彼の背後すぐそばに放り、伸びた髪に触れた。
「お前の敵は、見つかりそうか」
 問い掛けると、背を向けたままのルキーノがため息をつく。
「こんな紙切れとにらみ合ってたって見つかりはしない。あんただって、分かってるんじゃないのか?」
 くしゃりと紙切れに爪を立てる音。直接ではなく、外に出ることを望んでいる男に、言えるはずもなくただ唇だけで、外にも見つかりはしない、と囁いた。
「そろそろ邪魔になるだろうと思ってね」
 パチリと男の首の後ろで剪定鋏を鳴らすと、ルキーノは再び僅かに振り返って苦笑する。そのまま自分の左手で髪を浮かし、だらしなくずれたシャツから覗く、肩の素肌を晒す。
 そこには、沈んだ緑の枝が伸びていて、彼の左耳辺りに紅い華を咲かせている。鎖骨のくぼみからいばらが生えたのだと、いつからか彼は俺に言った。
 彼の肩に咲く華は、彼に良く似合っていた。
 けれど、枝が伸び、肩だけでなく背中一面を棘だらけにしたこともある。そうして、触れなくていいと視線すら合わせない男は、哀れでしかなかった。
「錘に刺されてなお、眠りに落ちれなかったお前は、外を拒絶したいのか」
 呟いて、彼の方のいばらにパチリと刃を入れる。
「お前の妻子の仇が外にいないことを、本当は分かっているじゃないのか」
 二つ、三つ、と剪定鋏を鳴らすと、ルキーノは髪を振った。
「ベルナルド、何か言ったか?」
 いま、ここにいない男がそう言ったので、聞こえないふりをして置いていた新聞を開く。中に置いたいばらの枝を一本拾い上げ、その薔薇の赤をマジマジと眺めた。
「これは執務室に飾るよ」
 ガサガサと新聞紙で花を畳むと、ルキーノは頷く。
「好きにしてくれ」
 曖昧な拒絶に頷き返すと、あとはルキーノがまた書類と無意味な言葉を薬の合間にまき散らし始めたので、部屋を後にした。
 もはや見張りさえ置かれなくなった部屋を施錠すると、手の中の小さな薔薇の花束ががさりと音を立てた気がする。
 扉にもたれかかり、目を閉じると、いつかルキーノがあのいばらから出て来れなくなる近い未来を思った。
 肌も目も頭の中さえ侵食され、華と共に生きる男は、きっと美しいのだろう。
 目覚めを望まれない彼の華は、やはり脳裏に眩しく咲いた。