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みんなしんでる

「セックスがしたい」
 机に突っ伏したベルナルドがそう言った。
「現実逃避にか」
 俺がそう答えながら天井に向かって胸に溜まった煙を吐き出すと、ゆるゆると回るシーリングファンが、瞬く間に俺のため息をなかったことにした。
 ベルナルドが机の上でもがき、藁の足しにもならない書類に溺れていくザマを見る。もう一度、指に挟んた煙草を吸った。フィルターの焦げる味に眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。
「誰かに優しくされたいんだ」
 世迷い事がまた聞こえてきて、俺は自分が殺した紙巻きの詰まった灰皿に唾を吐いた。
「女なら手配してやるが」
 ベルナルドが沈んでいるデスクの背後で、不用心に開け放たれた窓の外が切り取ったような、星一つない真っ暗な闇をぽっかり開けているのがひどく目立つ。今のこの状態のベルナルドが見れば、この世の終わりだと嘆き出しそうな程に。
「……女は優しいから嫌だ」
 かさりとまた男が腕を漕ぐ。
「優しくされたいって言ったのはお前だろう」
 大体、ここは本部の執務室だ。シマのオンナを呼ぶには不用心すぎるし――つまり言い出した俺自身もどうかしている。
 ベルナルドの自暴自棄の原因は分かっている。むしろ、理由を考えれば可愛いものだ。俺自身にも余裕さえあれば、宥めすかすなり、仕事を全部取り上げてベッドに押し込んでやるなり出来た。
 俺は自分のではなく、ベルナルドの腕時計を見た。いつの間にだか根をはっていた応接用のソファでなく、デスクの前でその手首を掴んでいた。
 時計は午前四時を過ぎていくところだった。ベルナルドの手首に、重そうなオメガのベルトが余っている。その時計が彼の手首に戻っている事自体、そういうことだった。
「一時間でいい。忘れたい」
 俺が苛立っているのは、ベルナルドがそういう体たらくになっていることではなかった。舌打ちをすると、ようやく死体になりかけた男の視線がこっちを向いた。
「助けを求めたら、お前は俺を甘やかすだろう。そうやって、俺が救われるなら、恥をかなぐり捨ててでもお前にすがるのに」
 さっきまで教会にいた男の顔は小奇麗だった。泣きもせず、けちょんとそう言ったベルナルドは普段とさして変わらない顔で笑う。そうして俺が言うまでもなく、俺の静かな怒りさえ汲み取ってみせる。
 何が在っても正気であることは、こんなにも残酷だ。
 ベルナルドの身に起こったことを俺が一から十まで改めて並べ立てても、こいつは受け止めざる得ないのだろうという確信がある。だから、今更何が言えるだろう。
 俺が手を話すと、男の腕はまた書類の海に沈んだ。
 ベルナルドの背後に空いた暗闇が俺を見ている気がして、デスクに回ってカーテンを引いた。葡萄色のカーテンに覆われて何もなくなって、けれどベルナルドは死体のままだったので、望み通りレイプしてやろうかと脱がしかけてやめた。
 ベルナルドのネクタイを解ききったところで、俺のほうが耐え切れなくなった。
 解いてるはずなのに、ベルナルドの首を括っている気分になった。ベルナルドはそれにまるで気づいてるかのような顔で笑って、あとは普段の恋人同士のように俺の胸にすがった。
「お前のそういう顔を見れたなら、役得だ。オンナの胸に抱かれるより、俺はそれがいい」
 誰も何も救われないセリフを吐いて、ベルナルドは目を閉じた。