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春の雨に差す傘を持たない大人の話

 これは一見、幸せな光景に見えるのかもしれない。
 恋人の眠りを見守る、なんてことが自分の人生に再び訪れる日が来るとは思ってもみなかった。
 ましてや相手は男で――妻子の葬式で、酒と薬でどうしようもない状態になっていた俺を煩わしい顔で見ていた同僚だ。セックスをした夜は、頭が冴えすぎてどうしてこうなったか向き合う日もあった。
 けれど理由などないに等しい。いつだったか、酒の勢いでベッドを共にし、なし崩しに成った関係だった。それでも、お互いに親しい人間を巻き込んで人生を終わらせかねない危ない橋でしかない関連性を継続させているのだから、俺には相手を“恋人”という他表現をする術がない。どういうわけだか、そうなっていた。
 諦めの悪い恋人は、否定したがるかもしれないが。
 遠く、飛行機が通り過ぎるエンジン音で思考は途切れた。ほどなく、部屋には静寂が戻る。
 普段は耳をそばだてないと死んでるんじゃないかと思うほど静かに眠るベルナルドが、浅くだが短く呼吸をしているのが聞こえてくる。
 窓の外は薄曇りに雨が降っているが、空にかかった雲は白く明るい。わずかに開けた窓の隙間からは、郊外とはいえ今日はいやに静かで、雨音だけがよく聞こえた。
 視界に入れているだけでしかなかった手元の新聞から目を離し、ちらりと見た左手首に巻いたブレゲの時計は正午を示そうとしている。
 ベッドに横たわっているベルナルドが、今も規則正しく呼吸をしているのは、かけた毛布が上下しているのでも分かったので、起こさないように静かに席を立つ。サイドテーブルに折りたたんだ新聞を置くのも、気を使った。人のいる空間での自分の行動に既視感があって、妙な懐かしさを覚えた。
 ドアを開けたままだった廊下を抜けて、普段はこの隠れ家の持ち主のベルナルドが籠城している電話部屋に入る。赤いテープのついた電話機を確認して受話器を上げた。"そう"準備された電話機は、すぐにコール音を鳴らし初めた。三度呼び出しが終わる頃には、聞き慣れた声が帰ってくる。
『アロー、こちら連邦捜査局国家公安部』
「……カヴォロ」
 上手い返しを言えなかった俺に、それでも受話器の向こう側でジャンが満足気に笑った。
『定時連絡ご苦労さん、ルキーノ。そっちはどうよ』
「静かなもんだな。急な休暇もらった気分だ」
『ウチにそういう余裕ぐらい持たせられるようにしたのは、まあベルナルドだからな』
「はは、不本意だろうよ」
『だろうなー』
 マフィアのボスではなく、まだガキみたいに笑うジャンの手元で、書類を触っている音を受話器が拾っている。背後には部下たちのざわめきも聞こえてくる。一晩離れただけの世界が妙に遠い。
「また夜に連絡する」
『りょーかい』
 余裕があるとはいえ、忙しくないわけではないだろう。早々に話を切りかけて、ああ、と「ジャン」と短く名前を呼んだ。
『うん?』
「電話口でガムやめろ」
『……フハハ』
 ベルナルドが話をはぐらかす時と似た声音でジャンは逃げるように受話器を置いた。呆れのため息が一つ。あとは耳に雨音が帰ってきた。
 表向きには、俺とベルナルドが偶然同時に休暇を取ったことになっている。部下と幹部には、ベルナルドが急に風邪を貰ったと伝えてある。それは半分だけ事実で、本当に何一つ嘘がなければ俺ではなくベルナルドの腹心でも一人つけておけばいいだけの話だ。
 俺がジャンの軽口も上手く受け取れず上滑りさせたことを無視したのも、半分の嘘のせいだった。
 今回のことできっと俺たちの関係はジャンに気づかれただろう。だから、俺はジャンに一緒の休みに出された。目が覚めればベルナルドに根に持たれるかもしれない。
 無意識に寝室に戻っていた。いつの間にか、ベルナルドの眠るベッドのそばに立っている。背を向けて眠っているベルナルドの口元に手をやる。熱のある呼吸が掌に当たった。
 自分が臆病なことは、自分が誰よりよく知っている。それでも、矮小な自分を自覚させられることは腹の底が冷える思いがする。自分自身を殴りつけてなかったことにしたくなる程度には。
 眼鏡のないベルナルドの目元を見ていた。目尻にわずかに痣が残っていたが明日までには引きそうな程度にかすかだった。壊れてしまった眼鏡の予備も、明日には届くそうだ。
 ベルナルドの風邪は大したことはない。目が覚めればなにか食わせれて……。今朝から何度も、同じことを言葉を頭の中で繰り返していた。
 深くため息をついて、椅子に座り直す。窓の外は相変わらず雨音だけだ。外に出歩かなければならない日でもないので、春の雨は過ごすには悪くない天気だった。乾燥した空気は風邪にも悪い。
 また、読む場所もなくなった新聞にでも目を通そうかと手を伸ばしかけると、ベルナルドが身じろぎ、寝返りを打った。
 明かりに照らされて、普段は青白い顔がわずかに紅潮している。瞼がふるえ、持ち上げられると、俺が気に入っている、金に近い春の湖みたいなグリーンの目が見えた。
 椅子を耳障りにならないよう静かに引いた。普段のようにかけてやる眼鏡がなかったので、目元を撫でた。手は震えていなかったはずだ。
「……朝、」
 ベルナルドが何かを言いかけて口をつぐみ、二日酔いの朝のように、顔をしかめた。
「今日は休暇だ、筆頭幹部」
 わざと肩書で呼ぶと、重そうに視線をこちらに向けてきた。見えているかは分からなかったが目が合うと、その顔が見る見る青ざめていく。
 倒れる直前のことを思い出したのだろう。髪も撫でると、言葉を失っているベルナルドが目を細める。
「見たのは俺とジャンだけだ」
 それが慰めになったかは分からなかった。ただ俺の手から逃れるようにベルナルドは顔を覆い、そういう嘆きのイコンのように自分の手にため息を吐いた。
「……悪い」
 吐き出されたのはかさつき、乾ききった声だった。サイドテーブルに用意していた水差しからグラスに水を入れてやって、この世の終わりのようになっているベルナルドの顔のすぐ側に差し出す。
 それを指の隙間から見た男は、数秒の間のあとにのろのろと身体を起こして、グラスを受け取った。
「グラッツェ……」
「プレーゴ」
 グラスを少しずつ干す様子は、まるで説教を受ける前の子供のようだ。俺の方は安堵からようやく、笑った。
「お前が倒れたのは、半分は風邪だ。熱があるぞ」
「……ああ、通りで」
 それで、会話はなくなった。
 昨日の深夜に、本部は突然停電に見舞われた。執務室で倒れ、発作を起こして呼吸を止めかけていたのを最初に見つけたのは俺だった。ジャンが偶然確認に執務室に訪れなければ、部下に見られていたかもしれない。ベルナルドが暗い場所が苦手というより、異常な恐怖を抱いていることを俺はなんとなし察してはいたし、ジャンもそうだった。
 呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息も吸えず短い悲鳴を上げていた男を思い出すと、またぞわりと寒気がした。
 暗い執務室の中で、滝のようにあふれた電話線の隙間に、淡いプールブロンドが見えていた。デスクの死角で、見慣れた長身が倒れているのだと気づいた瞬間に、血の気が引いた。思い出すべきではないことを思い出しかけ、視界が赤くなった。ジャンがいなければ、俺のほうがどうにかなっていだろう。
 干したグラスを持て余しているベルナルドに気づいて、グラスを受け取った。テーブルの水差しに視線をやって「もう少し飲むか?」と問うと、「横になりたい」と素直に言うので手を貸した。
 自分の醜態を見られたと思っているベルナルドは居心地の悪さもあっただろうが、それ以上に体調の悪さも自覚したのだろう。顔色が悪く見えたので、窓のカーテンを半分引いてやる。ベッドの方は影になると、ベルナルドはもう一度深々とため息をついた
「ルキーノ、お前も休んだのか」
「カポのありがたいご命令だ」
 俺がそう自嘲すると、ベルナルドは別の意味に取ったらしい。死にたそうな顔をしたので首を横に振った。
「あんたが死ぬのかと思ったんだよ、――俺が」
 はっきりと言葉にすると、薄ぼんやりと腹に横たわっていた恐怖は逆に消えた。いま、ベルナルドの眼鏡が壊れていてよかったと思った。こんな情けない面を見られたら、本当に俺のほうが死にたくなる。
 眼鏡を外していると冷めた印象の強くなる顔を見、額にキスをした。
「停電の原因は配電盤の劣化だとよ。今日にはもうあんたが懇意にしている業者が入ってる。だから、二度とあんなことは起きない」
 間近でそう言うと、ベルナルドは困ったように笑った。泳がせた視線をどこにもやり場がなかったらしく、二、三度の瞬きのあとに今度は至近距離で目が合う。
 何事も言葉で煙に巻くのを得意としている男が、今日ばかりは珍しく話を切り出すことに迷っている。
「――……寒い」
 ようやく吐かれた言葉は、探るような声音をしていた。
「カウチからブランケット持ってくるか?」
 身体を話しかけると、襟元に指を引っ掛けられる。
「フハハ、恋人にその返事は落第点だな」
 言われた意味を理解するまで、自分でも驚くほど時間がかかった。短くない月日を同じベッドを温めてなお、この関係に明確な名前を付けることから逃げ回っていた男が、その単語を出すとは思っていなかった。だから理解すると、どんな感情より呆れが先に出た。
 俺に気を使おうとして余計なことを言ってしまっていることに気づかないほど、年にそぐわない不器用さが、ベルナルドらしい。
「言い訳させてくれ……」
 俺が返事に迷っていると、縋るように首に手を回される。首に触れる腕が汗ばみはじめ、ベルナルドの熱が上がってきているのが伝わってきた。
「最近は問題なかったんだ。丁度、居眠りしかけていた。いつもの、嫌な夢を――」
「ベルナルド」
 浮いた背中に手を回し、そのままゆっくりベッドに下ろすと腕が解けた。雨音がゆっくりと俺たちに降り注ぐ。こんな雨の日でも、甲高い鳥の鳴き声が混じっている。
「なあ、罪悪感から愛を囁くな。そんなものなくても言い訳は聞いてやるし、俺にも言い訳させろ」
 靴を脱ぎ捨てベッドに上がると、セックスのあとにいつもするように痩せた男を胸に抱き寄せた。
「いまは寝ちまえ」
 普段だったら背中を向けたがる男は、抱かれるままになっている。俺の胸に、ベルナルドは深くため息を吐いた。
 子供のような体温をした男はむずがるように身じろぎして、胸に触れるというよりは爪を立てるように手指で俺のシャツに皺を作る。
「……怖がらせたくなかった」
 今度こそはっきりと、肩を竦めた。
「お前が言うのか、それ。俺が同じこと言ったら困る癖に」
 背中とほつれたままの髪を撫でると、流石にベルナルドも黙り込んだ。あとは呼吸が静かになるまで、あやすように背中をさすっていた。


*


 日が暮れ始めた頃に、窓を閉め切り読書灯をつけたあたりまでは覚えていた。目を覚ますと、真っ暗な窓の向こうで雨は止まずに降り続いているようだった。
 空気は昼間より冷えていたが、元々被っていた毛布の上にブランケットが増えている。隣で寝ていたはずのベルナルドの姿はなかったが、廊下の方から足音がした。
「寝てなかっただろう、ルキーノ」
 バスローブ姿で部屋に入ってきたベルナルドはそう言うと、ベッドに腰掛けた。清潔な石けんの匂いに混じって、ベルガモットが香る。
「……何時だ、いま」
「そろそろ0時だな。定時連絡は俺から入れたよ」
 眼鏡がない以外は、すっかり普段通りの振る舞いだった。まるで昨日や昼間の出来事が夢だった気さえしてくる。
「キッチンのサンドイッチ、勝手に貰った。用意してくれたんだろ」
「ん……」
 あくびを噛み殺し、生返事をする。
「お前も何か食べたらどうだ。用意するか?」
 少し考えてから、隣に座っている男をベッドに押し倒した。抵抗はほとんどなかったけれど、腕の下でベルナルドは困ったように笑った。
「熱は?」
「さっきアスピリンを入れたよ」
 言葉の通り、顔色も良くなっていた。シャワーを浴びた直後の温かさだけが身体の下にある。お預けになっていた唇にキスをしようとすると、顔がそむけられる。
「こら……うつるぞ」
「お前が一日で治る程度の風邪で、俺がどうにかなるかよ」
「これ以上、俺がジャンに合わせる顔がなくなる案件を増やさせるな」
「セックス中に別の男の話するのやめろ」
「カウントされるのか、それ」
 押し問答を終わらせようと顎を掴んだが、はっきりとキスはダメだ、と胸を押し返された。こうなるとてこでも動かないのは知っていたので、舌打ち一つで諦めた。代わりにまだ濡れた髪に隠れた首筋に口づけを落とすと、ベルナルドがくすぐったかったのか身じろぎにベッドが微かに軋んだ。
「無精髭でも色男だな、お前」
 湿った指先が、朝手入れしそこなった顎に触れた。さり、と指の腹が伸びかけのヒゲを撫でていく。
「惚れ直したか」
 言えば、ベルナルドは嬉しそうに息を漏らした。
「そうかもな……風邪の時に優しくされるのは、クルしな」
 バスローブの合わせから、素足の膝が寝起きの俺の股間をかすめていく。この状態でなんの反応もないほど不能ではなかったが、怪訝に眉をひそめた。
「……キスはダメなのにか」
「キスじゃなければいいだろ」
「あんたな」
 病み上がりの人間を襲うのは趣味じゃない。きっとベルナルドには言っても分かりはしないだろう。仕方ないので宣言だけはしておく。
「挿れるのはナシだ」
「キスはしたがる癖に」
 しばし見つめ合って、お互いの噛み合わなさにどちらともなく声を漏らして笑った。
「ひと月ぶりのベッドで、お預けか」
 ん? とベルナルドが挑発してきたので、そっとバスローブの胸元を開いた。昨日の夜に、発作を起こしたベルナルドのコンプレートの胸元を緩めたことを思い出した。いまは落ち着いた呼吸で上下する胸を撫で、そのまま腰紐を引き、合わせを開ききった。輪郭が出来上がってベルナルドのペニスに気を良くして、自分もスラックスの前を開く。
「手」
 一言で促すと、持ち上がったベルナルドの左手首を捕まえる。自分のペニスをベルナルドのものに擦り付けると、そこを握らせた。
「おまえ……」
「いいだろ。こういうのも」
 戸惑うベルナルドを勢いだけで言いくるめると、俺の顔と股間を見比べて男は諦めた。諦めさせるというよりは、セックスに野暮で水を差さない質なのは分かっている。
「三十路すぎ同士のセックスじゃないぞ、これ……」
 文句を黙殺してベルナルドの手指を上から自分の手で覆う。熱を分け合うペニスをまとめて扱き始めると思ったより、視覚的にキた。
「ふっ……ぅ、…」
 久しぶりに聞いた嬌声の片鱗に、気をよくした俺が口角を持ち上げると、舌打ちがすぐに飛んできた。汗ばんだ手は、二人分の先走りで滑りがよくなっていく。
「もどか、し……い」
 俺の身体の下で、上手く腰を動かせないせいだろう。ベルナルドがぼやくので、手元に意識が行っているベルナルドの耳朶を噛んだ。ひ、と短い悲鳴が上がる。
「そのまま、手は動かしてろ」
 性器にするように軟骨を唇で噛み、舌で窪みを舐め取ると、漏れ聞こえる息がとぎれとぎれになる。顔は見れないが、握っている指や俺の腰に触れている膝が震えているのは悪くはない。
 噛み殺された喘ぎと手元から卑猥な水音、それから雨音で急かされている気がしてくる。びくびくとペニスが手の中で引きつれを起こしたように震えていた。わざと指先で先を押しつぶすように動かす。ひゅ、とベルナルドの喉が鳴ったのが聞こえた。
「アっ……ぁ……――、」
 先走りでない液体が、掌から溢れる。小刻みに撥ねる身体を押さえつけて、手はそのままに腰を乱暴に使う。
「悪い……もう少し我慢しろ」
 顔を耳元から離すと、眼鏡越しではない快楽で濁った目とかち合う。薄い唇が開かれ、形のいい顎の方まで涎で汚れているのが、興奮がぞくりと背筋を舐める。
「ぅあっ……だ、め……―、だ」
 まだ射精の続いているペニスを無理やり扱き、震えている手と腹にぶちまけていた。


*


 流石に続きをねだってはこなかったベルナルドの腹を、タオルで拭いてやっていた。億劫そうにしているベルナルドは、もう一度風呂に入れと言っても無視をするだろう。
 大人しくされるがままになっている男は、じっと俺の手元を見ている。何かを思い出すような顔で。
 半分脱ぎかけになっていたバスローブから覗く裸を見ていると、俺も昨日のことが思い出された。
「覚えてるのか、昨日の」
 なんでもないことのように問いかけると、数秒の間を置いて返事があった。
「少しだけならね。見苦しく、言い訳したくなる程度には」
 昼間のことを色濃い後悔を滲ませて言う男は、苦々しく自嘲して見せた。
「……腹をくくれないのはお互い様だったな」
 取り乱してみせた俺を覚えていたからこそ、ベルナルドは”言い訳させろ”など口にしたことは分かっていた。その程度には俺を内側に入れていたことは、悪い気はしない。
 けれど、セックスだけでない関係を持つには、足りていないことが浮き彫りになった。それだけのことだ。
「あんたには、昔から情けないところばかり見せる」
 言えば、このまま別れ話になる未来が脳裏をかすめた。諦めばかり上手い、年上の恋人は止まっている俺の手をどかして、バスローブの合わせを自ら戻す。
「俺は、お前より先に死ぬつもりはないよ」
 ぽつりと、ベルナルドは言った。俺の手からタオルを取り上げ、実に雑な動作でベッドの下に放る。あとは何もかも無視するように、ベッドに横たわった。
「きっと、ルキーノ――お前のほうが先に死ぬ。立場がそうさせる。知っていて、お前を矢面に立たせている」
 まるで誓いのような言葉だった。祈りのようでも、一種呪いのようでもあった。それは俺にとって、あまりに救いのかたちをしている。
 何か言わなければならないのに、何も声にはならなかった。数秒の躊躇のあとに、薄汚い罵倒しか出ない。ベルナルドはひどく満足そうだった。
「出来るだけ、長く生きてくれよ。嘆くのは、一日でも短い方がいい」
 ベルナルドは顎で俺を呼んだ。促されるまま隣に横になると、頭を抱きしめられた。
 雨音のノイズにかき消されて、心音は聞こえない。「これは恋か」と、今更すぎる台詞は、昨日の自分から目を背けるように、今だけは聞かない振りをした。
 夜が明ければ、雨も止んで、ベルナルドの問いかけにも上手く答えることが出来る気がしていた。