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キャット・ウォーク

※唐突な猫科ルキーノ


 猫というのは気まぐれだ。
「ルキーノ」
 名前を呼ぶと、聞こえている意思表示にだけしっぽがふらりと一度揺れる。それきりだ。
 窓枠に座り、夜の街を見下ろしている猫は、地上十数階の高所にも関わらず無防備に窓の外に投げ出した足だけで身体を支えているらしく、見ているこっちに震えが来る。
 ルキーノはそうやって俺達の街見下ろすのが好きなようだった。俺には少しばかり、理解に苦しむが。
 まだ肌寒い夜風が猫の肩をすり抜けて部屋に入り込む。波のようにはためくレースのカーテンがその背中に透けているのが、よく似合っていた。
 それを肴に、俺は無駄に広いソファでグラスを傾ける。
「いい夜だな」
 夜空に鳴くような声で聞こえた言葉は、俺に向けられたのかさえ曖昧だ。
 いい夜か。窓を覗き込めば階下に星屑のような街の灯りがきっとあるだろうが、俺の視界に切り取られた窓には暗闇に佇む猫しか見えず――ああ、けれどだから、俺にもいい夜かもしれない。
「なに笑ってるんだ」
 言われて、ルキーノの赤い目がこちらを向いているのに気づいた。
「……いい夜だからだよ」
 曖昧に返事をして、ようやく意識を向けてきた猫に「おいで」と指を揺らす。一瞬、躊躇したルキーノは思いのほかあっさりと窓から降りてきて影が滑るように近くに立った。
 渋らずにそばに来た猫に俺の方がリアクションに困っていると、察したのかひとつため息を落として、膝をついたルキーノが本物の猫のように膝に縋る。
 グラスを手放し、濡れた指先で立った耳を撫でても、ルキーノは冷たさで耳を反射的にぴくりと動かしただけでされるがままで、俺はどうしていいか分からなくなった。
「どうした?」
 妙に機嫌のいい猫は俺を見上げながらそう聞くと、悪戯っぽく俺の指に舌を這わせた。――分かってやっている。
「どういう気まぐれだ?」
 俺の方がため息混じりに問いかけると、ルキーノはさらに口元に覗く犬歯を見せつけるように笑みを深めて、もう隠しもせずに俺のベルトの金具を弾き、前立に指を滑り込ませてきた。
「いい夜っていうのは、そういう意味か?」
 されるがままにただその首元を撫でながら、ルキーノがいなくなった窓の外を見れば、バースデーケーキのようにまるい月が浮かんでいる。満月に興奮するのは狼男じゃなかったか、なんて悠長なことを考えていると濡れた感触が素肌を這う。
「あんた、今日は機嫌が良かっただろう」
 俺のペニスをサリサリと痛さを感じさせないギリギリで舐めながら、初めて猫を下に組み敷いた時には絶対になかった顔で言う。
「あんたが不機嫌な時にするセックスは嫌いだけどな」
 言葉を切って、ルキーノが首を傾げるとまた耳がぴくりと揺れた。
「まあ、こういう日のなら、嫌いじゃない」
 猫は猫らしい奔放さで言い切ると、俺のペニスを頬張って愛撫し始める。
「嫌いじゃない……、ね」
 人ではなく組織に居着くのが猫だ、なんて揶揄っていたのは誰だっただろうか。懐かれている感覚に、俺は嬉しさを感じるより居心地の悪さを感じるような男だというのに。
「ルキーノ……」
 濡れた顎を撫で、じわじわと昂ぶりを感じる場所から顔を上げさせるとルキーノは不思議そうな顔をする。
 もう一度「おいで」と言いながら抱き寄せて、唇を重ねた。
「……ン」
 細められた目の奥に、赤い石をはめ込んだみたいな瞳が濡れている。こんな普通の恋人同士のような関係ではなく、少し前まではその目は俺をいつだって睨みつけていた。
「なあ……ベルナルド」
 子供にするようなついばむようなキスの途中に、何か気に障ったのかルキーノが口を開く。
「あんたは、気まぐれだな」
 どこか呆れたように言った猫はソファに座ったままの俺の腰の横に両膝を付き、俺の肩を掴んだ。
「俺が嫌がれば、笑ってる癖に泣きそうな顔してるのに」
 何かほかにも言いたげにゆらりと大きく揺らされた長毛のしっぽが俺の膝を撫でたが、赤い瞳は俺をじっと見下ろすだけだ。
 自分がルキーノをどう見ているかなんて自分じゃ見ることは出来ないし、否定したところできっとこの猫は納得しないだろう。それに妙に苛立った。
「そんな理由でほだされるなんて意外だ」
 半ば投げやりに言うと、ルキーノは深々とため息をついて、俺がいつもするのと逆に俺の髪を撫でる。
「猫より気まぐれなあんたが、飽きもせずに嫌な相手をそばに置いておくわけがないからな。ほだされもするさ」
 こう言っても分からないか? なんてルキーノは付け足したものだから、俺は年甲斐もなくそのまっすぐな目を見ていられなくなった。
「ああ、あんたでもそんな顔するんだな」
 揶揄うような笑う声と共に降らされるキスからもがいて、そのうち二人してソファに沈んでいった。