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フレンチトーストの日

 キッチンに立つ男の肩で普段と違い、緩く括られた髪が陽の光を浴びて、水底から見る海面みたいな色で揺れている。
 ダイニングに置かれたペアの椅子の片方に座ったまま、ベルナルドが本当のことを話すときはいつだろうか、とたまに考えることがある。
 基本的に、扱う仕事に反して嘘は吐かない男だ。
 ただ、滅多に本当のことを口にしない。
 上手く説明出来ないが、ジャンに対する壁とはまた別に、なにか薄靄のような僅かな隔たりがあった。ベルナルド自身も気づいていない気がするが。
 フライパンの上で何かが焼ける、柔らかい甘い匂いがする。
 普段見ないようにしている部分が痛んだ気がしたが、ベルナルドはまるで何も知らない無神経な他人のように振舞っていてそれが救いだった。
 気持ち離れた年のせいか、もっと別の理由か、こういう関係になったあとにも、俺が手を伸ばしてようやく触れる程度の位置に立ち続ける男が望ましくもあり、たまに苛立ったりもした。
「ルキーノ、皿」
 振り返ったベルナルドの声に、思考は中断させられる。
 言われるまま立ち上がって、棚から真っ白な皿を取り出すとベルナルドに差し出す。
「そのまま持ってろ」
 言われるまま皿を持っていると、視界に眩しい白いキャンバスにフライパンから見た目にも美味そうな焼き色のついたフレンチトーストが二枚、乗せられる。
「メイプルシロップは?」
「いる」
 答えると、またたく間にシロップがたっぷりと掛けられ、俺ごのみの朝食になった。
 ベルナルドはたまにこうやって、どこか女のように俺の飯の世話をしたがる。
「……何度見ても、似合わねえなあ」
 テーブルに戻りながら言うと、ベルナルドは俺の呟きの意味を察したのか、苦笑しながら答える。
「元軍人だぞ? 一人で出来ることが多いのは当然だろ」
「ひとり上手なのは、別の理由だろ。あんたの場合」
 差し出されたナイフとフォークを受け取りながら言うと、ベルナルドは向かいの席に座って、正面から俺を見た。
「なんだい、ベッドに帰って一人でマスかいてろって?」
 ふざけたセリフをBGMに、フレンチトーストを切り割ると、バニラの匂いがした。皿の上に染み出るほどたっぷりとカスタードに浸されたトーストは、記憶の奥に眠らせているものとはまるで別物だった。
 だからきっと、この先はもうベルナルドがこれを作っていても胸が痛むことはないと思った。それが本当に救いかどうかは別として。
「……ご褒美にレイプされたいの間違いだろ」
 不自然に間の空いた返事を繋ぐと、ベルナルドは首を傾げた。
「そう見えるか?」
 下らない会話の応酬の最後に、いつもの笑みを顔に貼り付けているベルナルドがいて、どうして言わないのだろうとか思う。
 そばにいれば分かるのだから、ベルナルド自身にだって隠す気はないのだ。
 それでも最後の一線を超えられない理由を考えると、呆れる半分と年上の男相手に可愛いとさえ思ってしまうのだが。
「……あんた、本当に俺のこと好きだよなあ」
 図星を刺された男は、時間差さえなく喉を震わせて笑って、「お前がそう言ってくれるからな」とこの上なく性格悪そうに呟いた。
 馬鹿な男に俺は心底呆れたふりをして、視線を逸らす。
 それでも、いつかベルナルドが自ら感情をくれる日がくるのか、と希望を持つ俺がいることは、目の前の男には言わないでいた。