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Na2SO3(4)-スコア

これの続きとおもっていただけると幸い


 木曜の午後、夕刻が近くなると誰ともなくカポの執務室に幹部が集まってくるのが恒例になっていた。いつもの夕食会に雁首揃えて顧問を迎え行くまで、先に仕事を終えた俺たちは手持ち無沙汰にジャンが持ってきたトランプやらダイムノベルやらで、ボーイスカウトのガキのように暇を潰す。
 この街の暗部を支配するマフィアも、こうなるとそこらのバーカウンターでたむろっている労働者と変わらない。あの日も、一人だけベルナルドが今日最後の仕事を始末している間、ジャンに教わりながらイヴァンとポーカーに興じているジュリオを横目に、コーヒーに口をつけていた。
 部屋はうっすらとオレンジ色に照らされていて、珍しく駆け込みの電話の呼び出しもない。カードの捲る音と、既に劣勢になっているイヴァンのファックとジャンの笑い声。神は天にあり、この世はすべて事もなし。
 ああ、これは夢だ。そう俺は気づいていた。
 過去を夢に見ている。気づいていたからこそ、俺は逆らわず、過去をなぞるようにベルナルドの方を見た。この夢の日に、俺はベルナルドとチェスをした。
 今まさに目を通している書類から視線を上げることもなく、ベルナルドが何かを言って、視界が急にノイズ掛かった。
 仕事の片手間にベルナルドが目隠しチェスで俺を散々にからかう、ただ、その声を思い出したい願望が見せた夢なのかもしれない。
 次のシーンではあの日の通り、目の前にはどこかからチェス盤を出してきたジャンがさっきまでコーヒーが置かれていたテーブルの上に準備をしている。
「ダーリンの駒、俺が動かせばいいのけ?」
 ジャンが楽しげに答えながら、自分の目の前に黒い駒を並べていく。俺も黙々と、大分傾いた夕日に赤く染められた白い駒を並べた。
 俺はもう“気づいて”いて、これは悪夢の類だと分かっている。それでも、夢の中でまだ聞こえてこないベルナルドの声を聞き漏らさないよう、ジャンの作業を邪魔することはしなかった。
 すでに、視界の端がざらざらと砂のように欠けている。もう少しだけ、と俺は無意味に焦った。
 耳を欹てて、ベルナルドがジャンに短く指示を出すのを聞き取ろうとする。曖昧に歪んだ声に少しずつ輪郭を思い出しかける声が、何度も再生させすぎたレコードのように聞こえてくる。
 今の自分には意味を為さないアルファベットと数字の羅列に従って俺は追い詰められていく。瞬きをするたびに盤面が進み、俺の焦燥が殆ど限界に近づいた頃に、あ、とジャンが声を上げた。
「その白のルーク、欠けてるな」
 まだ動かしていない俺の手駒を見ると、ガラス製の駒に小さな欠けがあった。ああ、と俺が答える。
 俺はあの日、ジャンの言葉に気づいて、傷の入ったルークを犠牲にしてベルナルドのチェックをかわした。
 ベルナルドはそこで仕事が終わったらしく、いつの間にか俺の背後にいた。邪魔に入ったルークを俺の肩ごしにすくい上げた手駒のクイーンで弾き、俺の耳元で「お前が俺みたいな手を使ってどうする」と、笑った。

「ああけれど、頼んだのは俺だ。お前は正しい。これはお前の夢で、お前はそう言われたいと願っていただろう。ずっと、俺の声で、俺の姿で、もう死んだ俺にお前を許していると言って欲しかったはずだ。夢の中ぐらい、もっと傲慢に俺を使ってもいいのに、お前は馬鹿だな。けれどお前の夢な以上、俺の形を借りた自己弁解でしかないのもわかっていて、それでも、ベルナルド、俺はお前に会いたい」

 カラン、と何かが落ちる音で目を覚ました。
 ベルナルドはテーブルの上でチェスの駒を転がして遊んでいて、そのひとつが転がり落ちたらしかった。
 ソファに座ったまま眠っていた俺が起きたことに気づいたベルナルドは、いつものように赤ん坊のような声を上げた。
 ベルナルドが死んでしまってから、もうすぐ、一年が経とうとしていた。長く伸びた髪は、夢の中より色あせて見えた。










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