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Juniors and dying hare

※LHLネタバレ/ホスト設定/ルキジャン成立済

「お疲れです」と入口の側から幾つか上がった声に顔を上げると、開けっ放しだったドアから顔を出すスタッフたちに軽く手を上げて見せる。
 続いた挨拶の最後にひょこ、と顔を出したブロンドの青年は、そのまま事務所に入って来た。
「店長、俺でラストです」
「おう、ご苦労さん」
 着替える時に引っ掛けたのだろう寝癖のように跳ねた髪をクシャリ潰してやる。
 こいつはどこかジャンに似ていて憎めない。店に来るレディにも、どこか幼さの抜けないところが受けているのだろう。
「あ、例の奴今日来るって、言っときましたよね?」
 くすぐったそうに身を縮めながら彼はそう言って、この後に新しいスタッフの面接が入っていた事を思い出す。
「ああ、名前はチェスター、だったか」
「はい。チェスター・バーナード……かな?」
「お前が紹介してくれるって事は、相当いい男なんだろうな?」
「そりゃ、もちろん。というか好みだったんで」
 へらっとした笑みに苦笑する。あくまでもビジネスとして女性と付き合うという、という職場柄か、そういう性癖の奴が集まりやすい。
 ――まあ、今や人の事は言えないが。
「なるほど……。だが、職場を修羅場にするのは勘弁してくれよ」
「大丈夫ですよ、じっくり攻めますから」
 もう一度、人懐っこい笑みを浮かべて彼は廊下にパタパタと歩き出す。
 俺も帳簿をデスクの引き出しに収めて鍵を掛けると、その後に続く。
「ほんとは面接終わるまで待ってたいくらいですよ。流石に明日もシフト入ってるんで自重しますけど」
 事務所から店舗の方へ歩く背中を眺めながら、こいつにここまで言わせる男を想像する。確か年上趣味だったが、ここに紹介するって事はそこまでの年増はこないだろう。「チャリオット」は若いスタッフが多かったが、一人くらい落ち着いた人間を入れておけば、それなりの需要はあるかもしれない。
「じゃあ、お先です」
「ご苦労さん」
 最後まで愛想良く振舞った彼の帰宅を見送って、店内に戻る。
 つい一時間ほど前までの店内から人が失せると、まるで夢の後のような不思議な感覚がする。普段ならジャンと一緒だが、久しぶりのオフを取っている彼が帰るのは明日だ。
 入口からすぐ近い席に座り、腕時計に目をやると、もうすぐ約束の時間だった。
 手持ち無沙汰に、事務所で整理中だった書類でも持ってくるかと考えかけた時に、店の扉が開く。
 静かな店内には、聞きなれた扉のベルがやけに大きく響く。
 現れた男の顔を見て、一瞬で血の気が引いた。居るはずのない奴だったからだ。
「今日約束していた、チェスターだが」
「お前……」
 俺の反応に満足したように、男は笑う。そのまま、こちらに歩み寄ってくるのに立ち上がりかけると、男は――何年も前にデイバンで別れたきりになっていたベルナルドは歩みを止めた。
「武器は持ってないよ。今更連れ戻しに来たわけじゃない」
 携えていた大判の封筒は脇に挟んで、彼はひらひらと手のひらを見せ、まるで堅気の人間のように柔和に笑う。
「――、どうやって」
 この界隈で俺達やこの店の事を探っていれば、俺が張り巡らせていた情報網に引っかかった筈だ。特に、表面上はCR:5と同盟関係にある、コルノ組には念入りに。
「君のとこのスタッフが贔屓にしてるカフェで、チェレスタを弾かせてもらっただけだ」
 鍵盤を叩くような仕草に、意外な特技を知る。
 情報戦で彼を見くびるつもりはなく、むしろ臆病だと思えるほど警戒していたつもりだった。とはいえ、懐から潜り込むと言うよりは直接ドアをノックするようなやり方をしてくるとも思わなかった。
「……俺よりよっぽどタラシなんじゃないかって、昔から思ってたよ」
「褒め言葉としてもらっておこうかな」
 負け惜しみに近い台詞を吐く俺に対して、男は最後に見た時の印象そのままで、自分がどこに居るか誤解しそうになる。
「用件はなんだ。思い出話しに来たわけじゃねえだろう、二代目?」
 それでも手元にあった一枚カードを切ったが、ベルナルドは表情を変えない。
「ここのコーサ・ノストラとはうまくやってるようだな」
 いやに感慨深い、と言った感じに彼は呟いて、品定めするように店内をぐるりと見やる。
「家出した兄弟の近況を聞きに来るのは、いけない事か?」
 今にもいい店だななんて言い出しそうな男の言いざまに思わず舌打ちをした。
「そんなタマか、あんたが」
 吐き捨てると、ベルナルドは苦笑して俺に視線を戻す。
「世間話しにきただけじゃないのは確かだ。……ここにいるのは独断でね。少しばかり察してもらえるとありがたいんだが」
「……座れよ」
「サンクス」
 一言礼を言ってベルナルドは正面のソファに座り、俺は半ば癖でグラスにロックアイス、ウィスキーを注いで彼の目の前に置いた。
「俺は余り強いほうじゃないんだが」
「毒なんて入ってねえよ。店のモンだ」
「分かってるよ」
 数年のブランクと警戒心が作った距離感をお互いに探る会話の後、ベルナルドは舐める程度にグラスに口を付け、すぐにグラスは元の場所に戻された。
 居心地の悪い沈黙の後に、死神にすら見える男はすっと真っ直ぐと俺の目を見つめて声を発する。
「君の妻子の墓の事だ」
 ……ああ、と胸中で呟いて目を閉じる。
 わざわざそれを伝えにきたのは、俺を強請るつもりなのか、単にコーサ・ノストラの名誉を傷付けた者に対する制裁の意味なのか。
「場所、やっぱりバレちまってたか」
「デイバン市内の事だからね。覚悟はしてただろう?」
 その金を転がす程度にしか思っていなさそうな声と目は覚えがあった。仕事で他人の命を処理する時に、彼はいつもそう言う顔をしていた。
 何故だか懐かしさが先立ち怒りは湧かずに、苦笑して目を開ける。ベルナルドは視線をそらさずに俺を見ていて、断罪するような色に俺は逆に安堵した。
 目を掛けられていながら疑いを解く事が出来ず、自らの臆病さで家族を殺し、他人と誇りを言い訳にしてまで出奔してしまった俺を嘲笑いに来たのかと思った。
 正しくコーサ・ノストラとして生きている彼にはきっとその権利がある。
「――俺の独断で悪いが、君の妻子の墓は移動させてもらった」
 ベルナルドは何かを言い、持参していた封筒を開く。
「ハイアリアの教会に引き取って貰った。十分な金は積んであるから、誰も手を出せんはずだ。もっとも、今デイバンからわざわざ嫌がらせに来れるような奴はいないがな」
 数枚の用紙を差し出され、殆ど意味が分からないまま受け取った。
「ここからは少し遠いかもしれんが我慢してくれ」
 書面は権利書だった。そのスミには確かにここからは距離のある、フロリダでも静かな地域の住所が走り書きされている。
 捲ると、彼女たちが眠っていた筈のデイバン郊外の墓所と似た雰囲気の教会の写真。
「……――話が見えん」
「退職金代わりだよ」
 ようやく漏らした言葉に、ベルナルドは答える。
「君はそれだけ組織に貢献していた。俺はそう思ってるよ。少なくとも俺よりはよっぽど」
 マフィアの二代目を引き継いだ男が言うにしては、随分な謙遜を口にしたので俺は思わず彼の顔色を伺う。
「やはり、余計なお世話だったかな」
「いや……」
 肩を竦めた男にらしくなく狼狽え、整理できない頭のまま口は勝手に動いた。
「…………グラツィエ、ミーレ」
「プレーゴ」
 ふっ、とベルナルドは安堵したように息を漏らし、空になった封筒をグラスの横に置いた。
「用事はこれだけだ。悪いが、スタッフの彼には俺の代わりに謝っておいてくれ」
「ジャンには会っていかないのか?」
 立ち上がった男を引き止めるように声を上げると、何故だかベルナルドが貼り付けていた笑顔が分かりやすく曇った。
「昨日ストリートで見かけたよ。変わってないな、あいつは。安心した」
 ゆっくりと、いつか名付け子に付いて彼が親父と喋っていた時と似た声音で彼は言い、俺は何かを言いたくて言えずに言葉を詰まらせていると、代わりにベルナルドが先を継いだ。
「おまえもな。タトゥーは消したと思っていたよ」
 そう言われて自分の右手に刻まれたままのタトゥーに視線をやった。焼き痕をレディに怖がられる事を避けて、そのままにしていただけだったが、本当の事は言えずに口篭り、同じようにタトゥーを残している恋人の顔が浮かんだ。
「ジャンが……」
 思わず口をついた言葉に、ベルナルドはすっと目を細める。
 それで、ああ――気がついた。本当に酷く長い時間を、この男を誤解していた事に。
「ジャンが、スタッフ増やすって話をしてた時に冗談めかして、あんたら呼ぶかって言ってたよ」
「……そうか」
 俺の無意味な言葉に、それでもベルナルドは小さく頷いた。
 彼は踵を返しそのまま店を出て行こうとしたが、カツン、と磨かれた床が鳴き、三歩の距離で歩みは止まる。
「ルキーノ」
 穏やかな声に、沢山の事を思い出しかけた。凍りついたようになっている思考に、小さくヒビが入る。
「お前はもう、無くすなよ」
 ほんの僅かだけこちらに振り返った彼は、今までに見た事のない顔で笑った。
「ベルナルド……ッ」
 咄嗟に駆け寄って掴んだ手は、驚くほど細い。袖から覗いた腕時計のベルトが合っていないほどに。
 道は違えてしまった。二度とは戻らない。彼を殺すのは俺なのだ。また、俺は家族を殺す。
 だからもう何も言えない。聞けない。あの子達を失った理由を知る機会もまた、永遠に失われた。
 口を開きかけたベルナルドの手をすくい上げ、同じだった頃のタトゥーに唇を合わせた。
「…………フォルトゥナの加護を」
 俺達の幸運の印でなく女神の名前を贈ると、ベルナルドは口元だけで笑って俺の手を払う。
 そのまま彼は振り返らないまま扉を潜り、それが別れになった。
 カラン、と最後に残された扉のベルの音は、酷く味気のないものに聞こえる。
 机の上にはベルナルドが残した封筒に、グラスが零した滴が黒いシミになって広がり始めていた。