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The PATH

※同タイトル洋ゲーダブルパロ

 耳元にカサカサとすり切れた音がして、目を覚ました。
 元々、目を開けていた気もする。
「――ベルナルド、」
 呼ばれたので視線を上げた。
 立ったまま、頭上から名前を呼ばれるのは久しぶりだった気がして首を傾げると、切りそろえた髪が自分の肩をくすぐるのが何故か服越しでも分かる。
「██████のところに届けてきて?」
 誰かの名前を言われたけれど聞き取れず、けれど差し出されたバスケットを受け取って中を覗いた。
 パンと、赤ワインの瓶。
「……そうしてると、まるで赤ずきんちゃんみたいよ。ベルナルド、狼には気をつけて」
 そう笑って言って、…………母親の面影をした手が、俺の着ていた赤いパーカーのフードを被せて、頭を撫でた。
 
 ――――唐突に記憶が途切れた。
 
 背後で、バタンと音がした。
 扉が閉じる音。そして車のエンジンの音。
 振り返ると、車が排気ガスを吐きながら道の向こうに消えていくところだった。
 そして、自分は舗装された道の途切れた小径の境界に立っていた。
 視線の高さは何時も通りに戻っていて、自分はコンプレート姿なのに、いる場所は州ハズレの田舎みたいな場所。
 もう一度、首を傾げた。けれど、手には手渡されたバスケットを握っていた。
 一瞬、自分の執務室に仕事を置きっぱなしなのを思い出して焦りかけたが、夢だろうかと考えたら、酷くしっくりと来た。
 目覚める様子はないが、あの執務室の机で自分はうとうとしてしまっているのかもしれない。
 バスケットに掛けられた赤いチェックの布をずらすと、さっき見たパンと瓶が入っていた。これを届けろと言われた。誰にかは分からないが、森の奥に続いている道を行けばいい気がした。
 目が覚めるまで、ここで立ち尽くしているよりは飽きないだろうと、一歩踏み出した。
 そうして、少しの距離を歩いた。
 地べたをひょこひょとを移動してた烏が飛び立つのを見て、その傍らの木の根元から黒いコードが伸びているのに気付いて立ち止まった。
 その先は、道を外れて森の中に伸びている。
 電話線――。
 意識したときにはそれを辿って森に入っていた。
 靴の底が減るのも気にせずに歩いていて、ふと足下がスニーカーに変わっているのに気付いた。ついでにまた目線の高さが下がって、俺の首の後ろであの赤いフードがぱたぱたと揺れている。
 首を僅かに引っ張られるような震動で走っているのに気付いた。
 そうして、小走りに追いかける電話線の先に、小さな機械が繋がっている場所に辿り着く。
 自分が武器にしているあの執務室の上に並んでいる無数の電話機でも、ヘルシュライバーでもテレックスでもなく――――軍で使っていた、あの機械。
 その機械から垂れ流しになっている暗号化されたトンツーが、見ている目の前で薄汚れた紙に空中に踊るペンに書き写され、その上を赤いインクが滑ってアルファベットが連なっていく。
 バサバサと、さっき見た烏のように、紙切れが飛び散る。
 書き記されたそれは、本来――俺が知っていてはいけないことだった。
 だから、背後から靴音がした。
 ひ、と喉から短い悲鳴が漏れた。それが足音の主に聞かれないように口を塞いだ。自分がガタガタと情けなく震えているのが分かる。――何故ならあれを、俺は知っている。
 あれに捕まった末路を、……。
 後退って、震えたまま這うように森の奥に逃げた。
 這って、ジーンズが泥だらけになった頃に、開けた場所に出た。何時の間にか足音は消えていて、礼拝堂のステンドクラスの下のような場所に座り込んでいた。
 さっきまでの恐怖に苦笑して、夢だ、と自分に言い聞かせる。
 何処までが夢か、もはや自分には分からなかった。
 森の真ん中に居るはずの自分の視界に、グランドピアノがあって、引き寄せられるように近付いた。
 カバーの開けられた鍵盤の前に、ちょこんと置かれた椅子の上には、つい最近まで毎週金曜に必ず買っていたあの赤いバラの花束があった。
 ピアノは勝手に、何かを演奏し始めて、――何かではなくよく知っている曲で……それは俺が切り捨てた世界に残してきた全てだった。
 滑らかに動く鍵盤に指を触れさせようとして、急にその手は誰かの手に掴まれた。
 丁度俺のタトゥの上を握るように触れてきた手の先を見て、声が漏れた。
「――、ジャ…………」
 名前を呼ぼうとしたら、その金髪の持ち主はまるで彼でないように柔らかく微笑んで、しぃっと唇の前に指を立てた。
 全部が白の、見慣れないスーツを来た彼は逆の手でとん、と楽譜を叩く。
 まるで悪戯するように指が楽譜を撫でて、それが合図だったとばかりにぱたぱたと楽譜が捲れ、何かに引っかかってあるページで止まった。
 楽譜を押さえているその小さな物体を見て、思わず自分の右手首に視線をやった。何時もつけている腕時計が無かった。代わりに、やっぱり楽譜に挟まっているのは、その腕時計に相違ない。
 俺はぱちくりと瞬きをして、もう一度手首を掴んでいる人物を見た。
 彼はもう一度息も漏らさずに笑って、手を離す。
 なんだかくらくらとする頭のままでその腕時計に手を伸ばして、自分の右手に巻いた。
 何かを思い出しかけて、思い出せなくて、けれどこの時計を貰った時の大事な記憶な気がして、カチカチと時間を正確に刻んでいるフリをしながら何時だってずれて行ってしまう大切なそれを眺めて、また視線を上げる。
 彼の姿は無くて、代わりにひらりと聖人の印された紙が降った。
 ぽたぽたと何時の間にか自分の左手の指先から血が溢れていた。そのまま紙を受け取ると、当然その紙に赤いしみが出来る。
「――誓いを」
 椅子に座ったボスが居た。今より幾分か若いその人は、重苦しく言って俺を見ている。
 手の中で紙に火が灯った。
「…………、私が誓いを破ることが……聖人の――」
 我知らず、喉から声が漏れる。
 冷や汗が背を舐めた。あの時はどうしてあの場所に居るのかも分からなかった。運命と諦めてその言葉を口にした。
 ぼろりと白い灰になった紙切れとは真逆に、あの日誓った言葉そのままに、指先さえ燃え尽きてしまうような気がした。
 混乱する頭であの金色の髪を探して視線を彷徨わせて、木々の隙間に白いジャケットの端と金髪が消えるのを見て、再び駆け出していた。
 助けて欲しかった訳じゃなかった。
 俺はあの時死んでしまおうとしていた。
 けれど、あいつが俺の命を……、あいつは野良犬に餌をやった程度にしか思っていなくて、俺にもたらされた奇跡のひとかけらだって覚えていないことは知っていた。それでも――手を伸ばす。
 ぜえぜえと情けなく肩で息をして、木陰に姿を消そうとしていた金髪の男の手を、掴んだ。
 ぽたぽたと額から零れた汗が頬を伝って、地面にシミを作る。
 いや、何時の間にか雨が降っていた。
 ザアザアと――耳鳴りのような。気付いていなかったのが不思議なほどの、土砂降り。
 ――、雨でなく。時間外のシャワールーム。
「…………助けて欲しいんだろ、バーニィ」
 自分が掴んでいる男の声にぎくりとした。
 ゆらりと振り返った男は、優しげな笑みを浮かべて、肩を両手で掴んできた。
 囚人服を着た友人の指が、同じ囚人服を着た俺の肩にぎちぎちと食い込む。痛い、と言うことは出来なかった。言えば殴られると知っていた。
「助けてやるよ、バーニィ。俺の言うこと、聞けるよな?」
 子供に言い聞かせるような甘ったるい声に、俺は何もかもを思い出して目を見開いた。
 気付けば狭い箱の中にいた。
 目の前に入った三本のスリットから、僅かに光が漏れるだけの暗さに恐怖して、恥も外聞もなく悲鳴を上げて目の前の壁を叩いた。
 叩けば金属の音が反響して、耳を苛んだ。
 やがて自分がそこを叩かなくても外からガンガンと叩かれている事に気付いて耳を塞いだ。塞いでも音は少しだって消えない。それ――――親にお仕置きされた子供のように泣きながら懇願して、けれど今度はその僅かな隙間から水を流された。
 金属の箱を叩くシャワーの音。ジワジワと背中が沈んでいく感触と暗闇に、悲鳴と共に名前を呼んだ。
 バタン、と金属の棺桶は開かれた。
 回りには白けた顔をした男達が居て、舌打ちをしながら立ち去っていくところだった。
「バーニィ」
 扉を開けてくれた男が笑いかけて、俺に手を伸ばしてくる。
 泣いたまま縋ると抱きしめられた。体温がそこにあった。
 それに救われたのは――本当だった。
「――捕まえた」
 誰かが笑った。
「██████、███には████████つけ█████」
 ██████が██った。
「████の██ころに███?」
 あとはもう、何も分██らな█っ█████
 
 
 
 
「――――で、話のオチは」
「話全部にオチを求めると、レディにもてないぞルキーノ」
「……あんたがそれを言うか」
 グラスを傾けているベルナルドに文句を飛ばすと、涼しい顔で男は中身を呷った。
 ここのところ目の下に隈をこさえているベルナルドに休めと文句を言いに来たはずだったのだが、何時の間にかベルナルドの愚痴を聞くことになっていた。
 愚痴とは言っても、最近夢見が悪い、という事だけだったらしいが。
「やっぱり、疲れてるだけじゃねーのか?」
 夢の中でベルナルドはガキの頃の姿で、マンマに頼まれて田舎のグランマの所にお届けモノを――その途中に狼にぺろりと食べられる。そういうことだったらしい。
「赤ずきんは、狼さんに服を暖炉にくべられて、食べられちまったんだったかな」
 手の中でグラスを回して、からからと音を立てる氷に耳を傾けていたら、ベルナルドはくすくすと笑った。
「似合わないっていうのは、俺も十分理解できてるぜ」
 そういうつもりはなかったのだけれど、と苦笑して、立ち上がると酔いが回っても青白いままの顔にぺたりと指を触れさせる。
「毎晩、狼さんに頭からガリガリ囓られるから……」
「いや足から」
「話の腰を折るな……、だから寝られないのかって聞いてるんだよ」
 うーん、とベルナルドは唸って視線を泳がせ、戻す。
「お前の意図は、狼に囓られるかライオンに囓られるか、選べってあたりか?」
 ベルナルドは元も子もないことを言う。何時もの事ではあったけれど。
「狼より、優しい自信はあるぜ?」
 髪を撫でて、そのまま抱き上げるとベルナルドは困った顔をしてみせる。
「あの狼も、十分優しかったけどな。だから、俺はきっと、」
 言いかけて、ベルナルドは頭を振った。
「申し出は嬉しいんだが、今日は本当に寝たいんだ。だから、お前にこの話を聞かせて…………、」
 そこまで言うと、珍しくベルナルドはぎゅっと俺を抱きしめて来たので、ポンポンと背中を叩いてやる。
「んー。俺にご馳走目の前に我慢させようってか? 話して少しは落ち付くって?」
 そのままベルナルドを抱いたままベッドまで歩いて、ゆっくりと上に降ろすと、――うとうとと彼は眠り掛けていた。
「ほんと、珍しいな。寝れそうなら、このまま寝ちまえよ」
 ふにふにと頬を撫でると、ふにゃりとベルナルドは笑った。
「ジャンが……、悪夢は誰かに言えばうつせるって……そしたら、自分はもう見ないって……そう…………」
 縋る様に触れてきた手を握ってやると、そのままベルナルドの瞼は落ちた。
「――――ひでえな、俺にも赤ずきんちゃんやれって?」
「██████の家に、」
「……、なんだって?」
 不自然に不明瞭だった言葉を聞き返すと、もう一度、天使のようにベルナルドは笑った。
「お前の狼は……、」
 すう、と――ベルナルドは言い切らずに眠りに落ちた。
 首を傾げ、けれど眠ってしまったベルナルドの髪を梳って額に口付ける。
 掛けたままだった眼鏡を外してやってベッドサイドのテーブルの上に置くと、ジャケットとネクタイも取り去ってやって、行儀は些か悪いが自分も同じ様な格好で隣に入り込んで、布団ごと抱きしめるようにして目を閉じた。
 つけたままの読書灯に暫く意識を取られていたけれど、ベルナルドの体温と規則正しい寝息に、やがて自分も眠りの淵に落ちた。
 夢の境目で、何故か車のエンジン音を聞いた気がした。