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慟哭

 ルキーノは何にでも軽率に理由を知りたがる。
 この年になってなし崩しに出来上がった俺たちの関係にさえ、名前をつけたがっているが、俺は惚れた腫れただのに、理由を考えるだけ無駄だと思っているし、そもそも明確な理由なんて俺の方には何一つなかった。
 例えば、若い頃に生死の選択の手前で目の前に飛び込んできた金髪の小僧を、自分の人生を全て捧げてもいいと思える天使に見たのだって、どんな信仰が俺にあろうとも偶発的な事故だと考えているし、戦争帰りの俺がクソッタレた気分に爪先まで満たされて実家にさえ足が向かず、ふらりと訪れた知らない街の場末の店でストリッパーに華を見たのも、やはり運命というより偶然だった。
 俺はどうやら、自分が落ちた場所で見たものを勘違いしやすいタチらしい。インプリンティングされやすいなんて、知性を持つ人間らしからぬかもしれないが、そう生まれついてしまったのだか仕方がない。本能に近い分、俺はお前がベッドの上で色魔と揶揄るくらいセックスも好きなんじゃないのか。
 そんな俺を捕まえておいて、理由だの根源だのを知りたがるわけが――分からないとまでは言わないにしろ、無意味だと思う。仮に俺に何かお前に情を注ぐのに崇高な大義名分があったとしても、それを知ったところでお前のなんになるというのだ。
 この恋心の切っ掛けなんて、飲みすぎた時に見たお前が存外にエロく食事していたせいだとしか、半ば言いがかりのような理由しかないし、それを告げたところでお前は納得はしないだろう。
 大体、何年も前にカタが付いている妻子の事件を俺に隠れているつもりで、いもしない犯人を探り続けている男を説得する方法が思いつかない。
 だから「どう思う?」なんて意味深に唇だけで笑みを作れば舌打ちをされる。その響きすら、ああ、だからお前が好きだと、俺は嬉しく思うのに。
「俺の何もかもを知っているような顔をしてるのが、気に食わない」
 思ってもいないことを投げかけられ首を傾げると、舌打ちでなく溜息が聞こえた。
「あんたは、なあ――何を諦めてるんだ」
(ああ、お前に触れさせられず、見せられない俺の中身を訴えたところで、幽霊の存在を説明するような不毛なことだろう? そもそも、お前に受け止めて欲しい言葉じゃない。面倒この上ない俺の生き様から発生している苛立ちで、お前に縋る勘違いオンナのように俺を捨てないでくれと訴えれば満足すると言うのか。お前だってそんな俺を見たら幻滅するに決まっている。それ以前に、そんな俺に誰よりもうんざりするのは自分の方だ。けれど俺が隠しきれずに態度に滲ませているせいなのも分かっている。黙って付き合えというのも俺の身勝手だ。どこにだって結論はない。結局俺は上手く求められているものを差し出せないので、恋を知ったばかりの童貞だか小娘のようにお前に見限られたくないと怯え、唯一出来る抵抗として黙り込んでいるのに)
 息を吸い、首を振る。物知り顔で見ているのは、どちらの方だ。
 この苛立ちを恋と勘違いしていると言ったのなら、お前はどんな顔をするのだろう。
 あとはもう、今日のベッドの中でどんな風に乱れたらお前は喜ぶだろうかなんて、建設的な事を考える他俺にはなにもない。