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グッド・シェパード


 水をぶちまけて空になったバケツを投げ捨てると、さっきまで閉じていた瞼は見開かれ、赤く濁った目は間違いなく俺を捉えていた。
「人生の終わりに、少しは良い夢を見れたか?」
 半裸で椅子に縛られた男が、俺の言葉に喉奥で擦れ潰れ果てた悲鳴を上げた。
「神に祈る時間くらいはくれてやる」
 紙巻の煙草に火をつけると、背後の扉の鍵が回される音がした。心当たりはあったので振り返らないままでいると、ドアは遠慮なしに開く。
「――おや、少し早かったですか?」
「いや、煙草一本分だけだ」
「そうですか」
 遠慮なしに室内に入ってきたラグが担いでいる布袋の用途に気づいたのか――男は一層怯えの色を濃くした。
「随分と悪趣味ですね」
 普段ならばお前に言われたくないと口にするところだったが、足を組みなおして眩しい天井に向かって煙を吐いた。自覚はある。
「お前も座ったらどうだ?」
 書類を置いてあった側の椅子を勧めると、ラグは首を横に振った。代わりに、ばさりとその上に布袋を置いて、俺の顔を覗き込んで満面の笑みを浮かべる。
「相変わらず、根暗なところは治りませんね」
「言ってくれるな」
 付き合いの長さの分だけ彼は笑ったので、あとは黙った。
 病人がするような気管に引っかかる呼吸が耳障りになる頃に、煙草を床に投げて踏みつける。
「懺悔は済んだか? お前が思い残すことは俺には興味ないが、言い残したことがあるなら今のうちに言っておけ」
 当然のように悲鳴しか返ってこなかったので落胆の溜め息を吐き、ジャケットの下のホルスターに手を伸ばしかけて、やめた。
 代わりにポケットに入れたままだった、チャチな折り畳みナイフを引っ張り出して手の中で返した。既に血に汚れた刃は、乾ききらずに鈍い赤で光る。
「たかがブン屋一人に陰湿な。まあ、あなたはこうやって影で私怨晴らしたりしますよね」
 ラグは薄く笑ってフードを下ろすと、側に落ちていたキャスケットを拾い上げ、自分の頭に乗せた。
「……汚れ役の特権だ」
 自分が無意識に笑っているのだと、男が顔色を変えたので分かった。
 ぺたりと本人の血で汚れたそれを拭うように、顔に擦り付けてやった。
 つんざくような悲鳴が擦れて消え去るまで。


*


 子供の頃の夢を見た。
 それがすぐに夢だと分かったのは、自分の膝のところでスカートの裾が揺れていたからだ。
 病弱だったあの頃、ベッドの上でよく聖書を読んだ。
「そこでイエスは彼らに、この譬えをお話しになった」
 声変わり前の、少女のような自分の声。
 パーパは好きだと言ってくれたけれど、どこかで違和感を覚え始めていた頃。
「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか」
 夢の中で俺自身が口にしていたのは、あの頃好いていた一節だった。
 初めてあの一節を聞いた時、俺は迷いなく「一匹を探しに行く」と言えた。
 それをパーパに褒められて、単純な子供はそれだけで宝物を貰った気分になった。

 緩やかに響き続ける声を聞きながら、瞬きと共に視線を上げると、鮮やかな色で溢れる光が目に刺さった。
 目の前にあったのはあの家の自室で揺れるカーテンではなく、礼拝堂のステンドグラスで、俺は普段通りのコンプレート姿だった。
 脈絡のない夢だ。ヨハネの福音、十章をとつとつと読み上げる初老の神父を見て、それから側に座るジャンに視線を移す。
 神妙な顔はしているが、どこか心ここにあらずといった――まあ眠いのを隠した顔をした我らがカポを、いつのもように小突いたりはせずに、そっと耳打ちする。
「目、閉じてるの見つけたら後でみっちり説教してやるからな」
 もう慣れてきたのか表情には出さずに、ジャンは溜め息をひとつ零して苦笑する。
 それに極上の笑顔を上乗せしてやって席を立つと、出来るだけ足音をたてないように礼拝堂の後ろまで移動し、壁に背をつけた。
 同じ場所にいた二人の男が殆ど同時にこちらを見る。
「……何かあったか、ルキーノ」
 真横についた男が口を開いたので、その眼鏡の向こうの緑の瞳を横目に覗く。
「仕事の話か」
 ベルナルドの質問には答えずそう言うと、見慣れない、おそらく彼の取引相手である俺より濃い赤毛を隠すよう、目深にニュースボーイキャップを被った男は居心地悪そうに視線をそらした。
「神の家でするような話か? さっきから、シスターたちが様子を伺ってるが」
 ふぅ、とベルナルドが息を吐くのと共に肩を竦めて、壁から背中を離す。
「ウチには敬虔な人間が多くてね。……移動しましょうか。コーヒーくらいお出ししますよ」
 しどろもどろになっている男を、ベルナルドが行きましょう、とヤクザ者というより行員らしい笑みで促すと、男は俺に機械のように頭を下げて扉の方に行ってしまう。
 その後を追うように歩き始めたベルナルドは、ちらりと俺に振り返って口角を上げて「グラッツェ」と声にはせずに唇の形だけで言う。どうやら、俺がつつきに来るのは織り込み済みだったらしい。
 食えない同僚が扉の向こうに消えて、隙間から漏れていた眩しい光が途切れた。
 あの赤毛は……新聞屋だろうか。骨抜きにされるのか、はたまた情報だけ絞られて自らの結末で紙面を飾るのかは本人次第か。などと考えながら再び視線を先に向けると、目立つ金髪が早速ゆらゆらと揺れているのが見えて、また溜め息を零す羽目になった。


 ――――これは今週の出来事だ。
 夢で綺麗にトレースされる確かにあった出来事は、何の意味で繰り返されるのかと、ふと思った。
「羊飼いではなく、羊が自分のものでもない雇人は、狼が来るのを見ると、羊をすてて逃げ去る。そして、狼は羊を奪い、また追い散らす」
 神父の声が再び聞こえた。
 今度は、すぐ側に。
「あなたは、今でも一匹を探しにいける?」
 目の前にはスカートを履いた、少女がいた。
 過去の自分なのかと思ったけれど、違った。ポツポツと少女の身体には無数の穴が開き、自分にはない青い瞳が俺を見ていた。
 ――あの子はまだあんなに幼かった。着せてやりたかったドレスがあった。聞かせたい話も、それを何一つ果たせなかった。人生の楽しいことを何一つ知らないまま。
 ぞわりと総毛立つ恐怖に、一歩後ずさった。
 少女は真っ赤に染まった口を開いた。
「パーパ」
 砕かれたフロントガラスのように、視界が粉々に砕けた。
 足元には二つ、人が横たえられている。
 掛けられた布は、所々が赤黒く汚れが染みていた。
 一匹を探す勇気を持てなかった自分は――。


*


 頬に水滴がおちたのかと思った。
「ルキーノ」
 水ではなく冷えた指先が頬に触れているのに気づいて、目を開けた。
「…………来たのか」
 撫でるというよりはくすぐるようにゆっくりと動いていた手を掴んで、その爪先に小さく口付ける。
「本部や自分のとこに帰るにはちょっと遠くてね。今日はお前はこっちだって聞いてたし」
 都合がよかっただけかよ、と言いそうになったが、無意識に汗ばんだ手で相手が痛いくらいに掴んでいることにベルナルドは苦情のひとつも口にしていないと気づいた。
 人のヤサをホテル代わりにしようとしたのは事実だろうが、それだけが理由なら俺を放っておいて、こいつはソファーででも朝を迎えただろう。
 わざわざ、名前を呼んで、触れてくれたのは。
「――うなされてたか」
「少しな」
 尋ねると、ベルナルドは何でもないように答えた。
 思わず掴んだままの腕を引くと、簡単にベルナルドは俺の上に倒れこんできた。けれど、それ以上何を言うでもなくじっと俺を見つめている。
 優しいのかもしれないが普段のこいつの顔を知っている分、そんな性質でもないことを知っているし、なんと言ったらいいのか……。
「…………あんた、物好きだよな」
 突拍子もない問答をベルナルドは鼻で嗤って、細い印象の指先が俺の額を撫でた。
「何だそれ。最初はお前から酔った勢いで手出してきた癖に」
 たいした抵抗もしなかったのは何処のどいつだったか、とは思ったがそれは棚上げして反論する。
「男相手に勃つと自分でも思わなかったんだよ。珍しい事象はとことん確認してみたくなるってのが、男ってもんだろ?」
 触れれば女の肌のように、ベルナルドの体温は低かった。その肌を撫でて、アルコールで緩んだ口元と潤んだ瞳を見て、それだけで溺れられる程度にはウチの筆頭幹部殿はいい男だったと、それだけな気がする。
 あの日の光景を思い出すと、ちりっと下半身が疼いた。
「セックスの相性がいいってだけの話だろ、それ」
 それでも元も子もない態度を取る男に苦笑する。
「ついでに、仕事の相性もいいしな?」
 恋のきっかけなんぞ、そういうものだろうと言い捨てれば、深々と溜め息を吐かれた。
「そう思うなら、少しは俺の胃も気遣ってくれ」
「ここは、気遣ってやってるだろうが」
 ようやく抱き寄せて前髪に唇を触れさせると、彼のコートの中に隠れていた外の夜の冷たさがバスローブを羽織っただけの俺の肌を舐める。
 そのまま、こめかみにもキスをして、コートを引き剥がしジャケットの上から背中を撫でると、苦笑した声が降る。
「今日はもう寝たいんだが」
「あの赤毛とよろしくやってきたからか」
 教会の片隅で俺の顔を見るなりオドオドとした態度を取っていた男が脳裏に過ぎってカマをかけてみただけだったが、図星だったらしい。
「覚えてたのか」
「この時間までデートとは、うらやましい限りだ」
 追い詰めるように言って表情を伺うと、ベルナルドが体重を全て俺の上に預けてきた。密やかにキシリと、スプリングが鳴る。
「浮気のお仕置きはしておかないとな」
 濡らした唇で目元をなぞるように口付ける。抱いた背中がふるりと震えるのに口角を上げると、滅多に聞けない舌打ちが返ってきた。
「ガキめ」
「俺をお子様扱い出来るのはあんたくらいなもんだよ」
 口で行儀悪くネクタイの結び目をゆるめて、上目遣いに年上の男の瞳を見る。
 数秒見つめ返していた翡翠の目は、やがて諦めたように視線を逸らした。
「お手柔らかに」
 許可の言葉ににやりと笑うと、そのまま体勢を入れ替えてベッドにベルナルドを押し倒す。
 靴を脱がせ、弛めたネクタイを抜き取り、ベストとシャツのボタンまで手早く外すと、手持ち無沙汰にしていたベルナルドの手が俺の頬を再びなぞる。
「やっぱり、シャワーくらい浴びてきたほうがよかったかね」
 そう漏らしたベルナルドの言葉に、ん、と半ば上の空に答えて、肩口に顔を埋める。
「……少し血なまぐさいかもな」
 くすくす笑いながら開いたシャツの隙間から手を突っ込んで、しなやかな背中を撫でる。
「っ、やめるつもりはないってわけだな」
「当然。あんたが怪我をしたっていうなら別だがな」
 ちゅ、と鎖骨に緩く歯を立てると、ひくりと触れている背中が揺れるのがはっきりと指に伝わる。
「……そういえば、刺されたんだった」
 呆れ声がそう言ったので、そのまま噛んでいた場所をべろりと舐めた。
「そうか。全身くまなくチェックしてやるよ」
「ベッドの上でガキくさく見せるのが、オンナに可愛いと思わせるお前の手管か?」
 やれやれと言い出しそうな男のぼやきを止めるべく、もうひとつ頬に幼い口付けをして耳元に囁く。
「……セックスの最中の決まり事、もうひとつ増やしていいか」
「注文が多いと、逆に食われてもしらんぞ」
 今にも俺にバンビーノなどと言い出しそうな口ぶりの男に、切実な表情を浮かべて肩を竦めて見せる。
「俺の息子が使い物にならなくなってもいいのか?」
「そりゃ、これからの人生の楽しみが半減する一大事だな。協力はしよう」
 乗ってきたベルナルドに、にこりと仕事用の極上の微笑を浮かべて言った。
「脱がし始めたら、もうちょっとお静かに願えないもんかね、ダーリン」
 囁きの最後だけジャンの口調を真似ると、ベルナルドは面食らった表情を一瞬見せたので満足した。
「あんたにはあの金髪ワンワンの話題が一番効くな」
「……セックスの最中に別の男の話題の方こそ、どうなんだ?」
 改めて男のシャツに手をかけると、料理皿に横たえられたウサギさんは最後の抵抗にピイピイと小さな鳴き声を上げた。
「んー、あんたが墓穴掘るなんて珍しいな?」
 ジャンをそんな対象に見てるのかと暗に言えば、流石にベルナルドは言葉での抵抗も諦めたようだった。
「賢明だな」
 居心地悪そうに大人しくなった年上の恋人のコンプレートの上下を半端に脱がした状態で、手首を捕まえて男の目を見据えながら指先を舐めてやる。その指先に微かに鉄の味がした。
 さっきまでベルナルドとよろしくやっていた奴のものだと思うと腹立たしくもあり、妙な興奮も覚えた。
「ジュリオじゃあるまいし……」
 ぼそりと呟いた内容までは聞き取れなかったらしいベルナルドが、訝しげに俺の顔を伺う。それを無視して、指輪のはまった親指の付け根を食み、そのまま手首に刻まれた同じ因果に舌を這わせた。
「……、ン」
 普段は鉄壁を崩さない男が鼻にかかった声を漏らすのにぞくりと血が震えて、彼の手首の細さを際立たせている肌に浮いた骨にも歯を立てる。
「ルキーノ……」
 顔を上げて擦れる吐息で名前を呼んだ唇に誘われるように、自分の唇を触れさせた。
 ちゅ、と粘膜の触れ合う音にベルナルドは瞼を震わせて目を閉じる。
「ベルナルド、手の置き場所は教えただろう?」
 耳を食みながら言うと、やり場に迷って彷徨っていた手が、そっと俺の背中に回る。
「オンナみたいに縋るのは、慣れないんだよ。お前こそ覚えろ」
「あんたが、俺だけに縋るのがイイんじゃねえか」
 抱き締めたままベッドサイドに片手を伸ばし、引き出しからワセリンのケースを引っ張り出すのをベルナルドが視線で追う。
「仕事中はいい加減は慣れたが、ベッドでも人の都合を無視するとは思わなかったからな……」
「諦めろ」
 身体を起こしスラックスを下着ごと引っぺがすと、シャツの裾を引いて陰部を隠そうとするのに微笑んで、勃ちかけたベルナルドのものに指を触れさせる。
「少しは譲歩しろって言ってるんだが……」
「してるつもりなんだがな」
 じわりと指先に伝わる熱に気をよくして、ワセリンの蓋を開けると中身をたっぷりすくう。そのままベルナルドの袋の縫い目をぬるりとなぞると、冷たさからか快楽を拾ってか、ふるりと身体を震わせる。
「どこ……が」
 新しい文句にはもう答えず、俺の体温に溶けかけたぬめりを使って後孔に指を二本ぬぷりと差し込んだ。
「ァ……、ふ…ん、ぅ……」
 俺の肩に額を押し当てて声を殺すベルナルドは、入り口で一瞬きゅっときつく俺の指を締めつける。
「相変わらず狭いな」
「うるさい……それより上も、……脱がせろ。皺になる」
 中途半端に乱されたジャケットから腕を抜こうとしているのを身体で押し留めて、まだ挿れただけだった指で、ねっとりと中をくすぐる。
「その姿のあんたを汚したい」
「――ファン、クーロ、……、っ……ぅ、…」
 可愛くない言葉とは裏腹にすっかり勃ち上がったペニスが腕に当たっていて、濡れた先が時折手首に糸を引いているのが分かった。
「っ、ぁ……やるなら、あんま…焦らす、な……」
 擦り寄るような仕草でベルナルドは顔を上げ、俺の頬の傷に舌を出して口付ける。
 そのままベルナルドの口元と頬を何度か吸って、ローブの前を開くとキスを繰り返していた唇がぼそりと囁く。
「……サック」
 後始末を面倒くさがってのセリフに、溜め息ひとつでワセリンが入っていたのと同じ引き出しに手を伸ばして、中から小さなパッケージを取り出す。
「つけてくれよ」
 手渡すと、同じ溜め息が返ってきた。
「何処までもワガママだな、このライオンさんは」
 掌に受け取ったパッケージをベルナルドは口で破ると、中身と俺の顔を見比べてからにやりと笑う。
「ん?」
 ベルナルドの挙動に視線をやると、見せつけるような上目遣いでパッケージに口をつけると、サックを赤い舌と唇でつまみ上げ、そのまま俺の股間に口を寄せる。
「ん……、っ」
 開いたバスローブの陰で、濡れた体温がペニスに触れた。
 乱れたコンプレート姿の男が、娼婦でもしないような行為をしている事実に、疼くような痺れが落ちる。
「……あんたなあ」
 勝ち誇ったような目線が一瞬だけ飛んできて、そのまま唇だけで根元までサックを被せられる。
「こ……の、」
 性悪な年上の悪戯への仕返しに裸の下肢に手を伸ばし、今度は背中越しにほぐしかけた後孔にもう一度指を押し込む。
「――、…ぅ……ん、ン」
「そのまま、咥えてろ……」
 ゴム越しに舌と熱い咥内に絞られる鈍い快感に目を細めて、ぬちゅぬちゅとさっき塗りつけたワセリンを延ばすようにベルナルドの中身を抉る。
「…ルキ……ノ、な……もう……」
 ベルナルドはちゅぷんと濡れて赤くなった唇から俺のを溢れさせ、背中をびくつかせる。
 何が男を興奮させるか分かり尽くしている、扇情的な視線を向けてくる目元を撫でて聞いた。
「我慢できないか?」
 乱した髪を汗と唾液で頬に貼り付けたベルナルドは、息を荒げたままこくりと頷く。
 ベルナルドの尻をこちらに向けさせると、そのまま腕を獣の形でベッドに押し付けた。
「っ――、ルキーノ、…ぁ……」
 その体勢に苦情を言われる前に、ガチガチに勃起してしまったものを緩んだ入り口に押し付けて、一気に挿入してしまう。
 ひゅっとベルナルドの喉から擦れた悲鳴が上がる。
「……なあ…我慢、できないん、だろ」
 圧しかかるように背中を抱き、押さえつけた手首のタトゥを舐めてやると、中がびくびくと痙攣するのが分かった。
「っ……ィ、…ア、ぁ……――くる、し…」
 肘をつけた右腕に顔を押し付け、喘ぐベルナルドの腰から腹を空いている掌で撫でながら、晒された首筋と手首を何度も甘噛みする。
「嘘を吐くな……、ベルナルド……イイって、言えよ」
 奥をノックするように腰を揺すりながら、痕をつけることを許されている白い背中に、鬱血ではなく噛み痕を残しながら言うと、押さえている手の指先が俺の手を握るように動く。
「く、や……、ルキ、るきーの――たり、な……さわって…ま、え……」
 素直な言葉に「いい子だ」と囁いて、腹を撫でていた手で先走りに濡れたベルナルドのペニスをじゅぷじゅぷと扱いてやる。
「ひゃっ、ぃ……ぅあ……ッ」
 慣れた場所を突く度に、くびれた部分をきつく扱く度に、ひくひくと入り口がわななく。
「あっ、ぁ、ァ……ぅ、だめ……も、いく――」
「イケよ、ベルナルド……俺、も……」
 手の中でとぷりと熱が吐き出されるのと同時に、俺もまた最奥を突き上げながら吐精していた。


*


 浅い眠りの中で、夢の続きをみた。
 あの日の――葬儀の日を。
 サイズの違う、二つの棺の側で俺は立ち尽くしていて、誰の声も壁越しのような、ざらついた音声でしか聞こえない。
「ルキーノ」
 記憶の端で、微かに残っていたのは、ベルナルドが俺の名前を呼ぶ声だった。
 まだ、今より髪の短かったベルナルドが――あの日どうやって俺の側にいたのか、どうしても思い出せないままだった。


*


 ごそごそとやっている音で目を覚ました。
 ベッドに腰掛けたままカフスを留めているらしいベルナルドの背中を、横になったまま抱き寄せる。ほんの一瞬だけベルナルドは俺を一瞥して、そのまま身支度を続ける。
 既にシャワーを済ませてきたらしく、情事の匂いは一切残っていなくて、それすら夢の出来事だったんじゃないかと思う。
「今朝は早いな」
「ジャンとデートだからね」
 涼しい顔をして堂々と浮気宣言をするベルナルドにむっとして、その腰を強く抱きしめた。
「……今日はどちらへ?」
「ラグのところ」
 掃除屋の名前を出されたので、また一つ不機嫌の種が増えた。
「そりゃ楽しそうだ」
 心にもないことを言ってみれば、分かっているだろうベルナルドはチェシャ猫のように喉を鳴らして笑う。
「ああ、愛しのベアトリーチェと一緒になら、何処へだってね」
「昨日の仕返しか」
 抱いている腰に溜め息を吐き捨てて、自分でも自覚するほどらしくなく甘えるように額を擦り付ける。
「――本当に不安気な顔しちまって。迷子になったガキみたいになってるぞ」
「からかうな」
 そのまま顔を伏せると、ベルナルドの手が触れてきた。
「どうした?」
 肩を撫でる手に妙に苛立つ。
「どうもしない」
「何か悩み事かい? お兄さんに話してごらん」
「お兄さん……」
 自然にベルナルドが普段気にしている部分に視線をやると、ぱっと彼の表情が変わって触れていた手を弾かれる。
「生え際を見るな」
 急に低くなった声に手を上げれば、一気に不機嫌になった視線がそらされた。
 そのまま肩に掛けたままのネクタイを締め始めるのを見て、それが日常なのに何故か不安を覚える。
「いや、俺も年を取ったなと思って」
 再びベルナルドの視線が俺に降りてきた。ぺたりと今度こそしっかりと両の頬をその手に包まれる。
「……三十路は盛大に祝ってやるぞ?」
 はしゃぐ声にもう一つ溜め息が出た。恐らく、こいつは根の性格が底なしに悪い。酷く楽しそうな男に呆れつつも、今度は俺の方が軽くベルナルドの手を退かして呟く。
「……――あんたは、九十九匹の羊と一匹の羊、どっちを助けに行く?」
 柄にもないことを言っている自覚はある。悪夢からそんなことを聞くのは本当に子供と変わらないということも分かっている。
 けれど、聞かずにはいれなかった。
「……良き羊飼い、か」
 俺の本心を計りかねているといった様子のベルナルドは、それでも溜め息を挟んで答えを返してくれた。
「九十九匹を取る。俺は昔からそうさ」
 予想通り、殆ど予定調和のような返答に笑みを浮かべると、ベルナルドは不本意そうに苦笑して言葉を繋げる。
「もっとも、俺の場合はそれに例えるのもおこがましいと思うけどね。俺はただの羊でしかない。お前のように、そちらの目線は俺には持てないよ。それが明確な俺とお前たちとの違いだ」
「……たちってなんだ」
「お前と、ジャン」
 簡単にベルナルドは言って見せて、くしゃりと俺の頭を撫でた。
「ジャンがいなかったら――お前がきっと次のカポだっただろうな」
 重すぎる言葉に内心ぎくりとしたが、ベルナルドは一ミリも表情を変えずにいたので、嘘ではなく思いがけず掘り起こしてしまった事実なのだと知った。
 こいつはいつだって、先代の意思と共にあった。
「それはお前なりの褒め言葉なのかね」
 誤魔化すように言うと、ノン、とベルナルドは小さく指を振る。
「いいや。誰かの代わりなんて言われて喜ぶ奴はよっぽどのマゾヒストだな。けど、事実としてな」
 俺に伝わったとベルナルドも了承している筈のことをわざわざ言い直したので、眉間に皺を寄せる。
「――あんたじゃないってことか」
 確かに序列から言えば、本来ボスの座に一番近かったのはベルナルドだ。分かりやすさはジュリオほどではないにしても、ジャンと先代を重んじているこいつだから、意図的に自らを外していたと思ったが、そうでないとするなら。
「昔な、あの人も俺にそれを聞いたことがあったよ。“お前は羊飼いか、ベルナルド”ってな」
 俺は絶句したが、そのまま触れていた手は離れた。ベルナルドは背を向けて再び身支度を始めてしまったので、俺はやり場のない感情のまま首を振る。
「……性格悪すぎるだろ。あのクソ親父」
「あの人はいつも正しいよ」
 背中に吐き捨てた言葉は、無為に穏やかな声に上書きされた。よくベルナルドが発する、この諦めの色濃い声音が俺は嫌いだった。
「あんたは行動が不明瞭すぎるだけだろ」
「臆病だからな。臆病な羊でしかない」
 ベルナルドは殆ど拒絶するように言った。振り返らない彼の肩で、朝日に鮮やかなプールブロンドが揺れている。
 俺が逃れようもない理由で組織に足を踏み入れた頃から、ベルナルドは後ろ盾も家柄もないまま――親父に気に入られた若造だという、俺以上にやっかみと分かりやすい妨害を一身に受けるだけの立場でありながら、一人で上層まで上り詰めた人間だ。
 妬みながらも憧れを感じていた自分の若造の頃を思い出して、だからこそベルナルドのそういう部分に酷く苛立つ。
「俺は、一匹を助けには行けない。それこそ買いかぶりだ。――知ってる癖に」
 ガキ臭い嫉妬が思わず口をついた。
 ちらりと振り返ったベルナルドの目が、細められる。
「……例えばだ」
 ベルナルドは重々しく前置きすると、考え込むように視線を天井に彷徨わせる。
「危険を冒して逸れた羊を探そうとする俺の羊飼いの身を守るために、自ら谷に身を投げるのは自己犠牲かね?」
 ――酷いセリフに、俺はたっぷり数秒考え込んで黙り込むことになった。
「彼を守れて、彼が俺の居なくなったことに少しでも泣いてくれるのなら、喜んでそうするよ」
 連ねられた喩えは本当に救いもなくて、俺は呆れるしかなくて深々と肩を落とす。
「……んな、歪んだモンが自己犠牲なワケねえだろ」
 俺の表情とは逆に、ベルナルドはにこやかに微笑んでみせる。自らの羊飼い――ジャンのために死んでも構わないと仮にも恋人の前で言い切れる神経を疑いたくなる。
「あんた、自殺願望強そうだよな」
「失礼な」
 意味の掏り替わった嫉妬にぼやくと、ベルナルドはどこか嬉しそうに返事をする。
「だったら自分の命をすぐチップに使うのやめろ」
「そんなつもりはないんだが……そう見えるか?」
「無自覚なら重症だな」
「俺は臆病だからね。ついでに、運もない。だから祝い事以外で賭けをする時は絶対負けないように工作している時だけだよ」
 ネクタイの位置を整えながらベッドから立ち上がったベルナルドは答えると、イイ笑顔でもう一度俺に向き直った。
「それ賭けっていうのか?」
「そうでも言わないと、乗って来る奴が居ないだろ?」
「――そりゃ、ただの罠だな」
「さっきのセリフ、取り消す気になったか?」
 降参だと手を上げると、ベルナルドは恋人同士の作法で口付けてきた。こういう部分は俺がするよりイタリア系らしく甘い男な気がするが、本人は無自覚らしいので指摘してやめられても癪なので黙っている。
 唇を離したそばから腕時計に視線をやったベルナルドが、俺の頬の傷に指を触れさせて何故か言いにくいことを告げるように口を開く。
「人は神じゃない。九十九匹を失う恐怖にタダで打ち勝とうなんて無茶ってもんだ。一匹を失う後悔を知っているならなおさら」
 外でクラクションの音が二つ鳴った。緊急事態ではないものの、それは呼び出しの合図だ。
 僅かに視線をドアの方に向けたベルナルドは、けれど言葉を続ける。
「弱くなった自分を許せないか、ルキーノ」
「…………分からん」
 思ったより情けない声が漏れた。
「許されるべきじゃないと思ってるんだろ。だから夢に見る。だから、俺を抱くんだ」
 ベルナルドはあっさりと確信に触れて、彼が先を続けようと口を開きかけた瞬間にもうひとつクラクションが鳴った。
「さて、俺は行くからな。お前もそろそろ起きて用意しろよ」
 身体は離れ、触れていた浅い体温は瞬く間に冷めていく。
「……分かってる」
 ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜると、昨夜と殆ど変わらない格好で部屋を出て行こうとしていたベルナルドが言葉を漏らした。
「後悔は何のためにあると思う、ルキーノ?」
 問いかけというよりは確認だったのだと思う。
「繰り返さない為だろ」
 それだけ答えると、ベルナルドは満足げに笑って「分かってるじゃないか」と一言だけ残して部屋からいなくなった。
 ベルナルドの言葉に反して、俺の本心は怪しかった。分からないことがあるのは、昔から不快だ。分からないことというより、自分の制御出来ない状態があるのが不満なのだろう。自分のことなら余計に。
 ――どうしようも出来ないと理解してなお、まだ不満かとベルナルドは言っているのだ。
 あいつは、自分の中で折り合いをつけるのが酷く上手い。あの計算高さと諦めの早さを、羨むと同時に憎んでもいる。
 ただ、いつまでもどちらかを選択できず、諦めきれず、過去を振り返り続けて縛られる俺よりはよっぽど――。
 くだらない思想に捕らわれかけて頭を振った。


*


 眠気を誘うエンジンの振動を振り払うように眼鏡の下から目尻を押さえて、チェックした新聞から目を離す。
 郊外にあるラグトリフの農園までは、車でもそれなりの道程がある。そのまま仮眠してもよかったのかもしれないが、カポを目の前にするとそんな気も失せた。
 そっとジャンを盗み見ると、日程表と共に渡した報告書の束を確認している。ぶつぶつと口の中で確認するように呟きながら真剣な表情で書類の文字を視線で追っている姿に、我知らず口元に笑みが浮かぶ。
「……ボス、コーヒーでも如何ですか?」
 部下が用意してくれていたサーモスとカップをジャンに差し出す。
「あー、貰おうかな。はは、まだ眠ぃ」
 眠さからかはっきりと二重になった目を瞬かせて、ジャンは書類を膝の上に投げる。彼が受け取ったカップにコーヒーを注ぐと、そのまま湯気の上がるカップに唇をつける。
「――後処理だけだっけ、今日は」
「ああ。確認、をね。カポの目で直接確認して欲しい死体が一つ……と」
「ん?」
「俺はもう一つ。別の車に積んでるやつを」
 ジャンはちらりと膝の上の書類に視線を落として、苦笑する俺と見比べる。
「この報告書の新聞屋?」
「ん。うちの悪口書き立ててたトコの――窓口やってただけなんだけどね」
「ああ――」
 答えに窮しているうちに、ふっとジャンは意地悪く微笑んで、後は無罪放免になったらしい。
 誤魔化しに笑って自分も同じように手の中のカップにコーヒーを注ぎ、染みるような熱を胃に落とす。暫しの間心地のいい無言が行きかった。
「なあ、ベルナルド」
 空になったカップを置き、ジャンは仕切られた運転席を一瞬伺ってからカポの表情を緩める。
「ん。どうしたんだい、マイハニー?」
 俺も合図に言葉を崩すと、ジャンは安心したように小首を傾げた。
「確か移動時間、結構あるよな。少し話したいことがあって」
 ガリガリと頭を掻いて、居心地悪そうに彼はシートに座りなおすと、こほんと小さく咳払いをする。
「ルキーノのことなんだけど」
 踏み込んでいいのか否か計るような表情に先を促すように笑みを向けると、ジャンはあからさまにほっとした表情を見せた。
「こういうのって、言い出しにくいな」
「むしろ幹部同士でこういう仲なのを制裁されずに許されてる方が、寛大なご処置だと思いますが、カポ」
「……抜かせ。自分からバラした癖に」
「ジャンには嘘を吐けないからね」
「それも嘘だろ。マイスイートなんて甘やかしてくる割には、あんたは肝心なコト、俺には見せねえよな」
 いや、だからか。なんてジャンはにやりと笑ったので、肩を竦めて見せた。
「まあ、あんたらは仕事に持ち込まないのは分かってるしな。今のトコ、俺以外には知られてないだろうし。……で、だけど、最近ルキーノ様子がおかしくねって思って」
 探り探りジャンは言って、一度言葉を切るともう一度咳払いをした。
「あんたなら、なんか知ってるかなーって。別に仕事に支障が出てるわけでもねえし、お節介なのかもしれねえけど」
 ジャンが言わんとするところは、想像通りだった。流石のジャンも恋人同士、喧嘩でもしたのかとは面と向かって聞きにくいらしい。
「俺たちも子供がいておかしくない年だからね。そんな分かりやすいことになったりはしないさ」
 取り合えずジャンが邪推するようなことはないと伝えると、彼はほっとして見せて、けれどすぐさま元の渋面に戻った。
「分かりにくいのも問題だとは思うぜ、ダーリン?」
 眼鏡の鼻当てをちょんと触れる指先と共に刺された釘に、ふっと息を漏らす。
「……なんだかんだ言っても、ルキーノもまだ若いからね」
 お返しとばかりにジャンのネクタイの位置を直してやると、当たり前に大人しく俺の手を受け入れてくれる。
「あの不遜この上なく王様然してるあいつも、ジャンとたった二つ違いしかないんだなって」
「理由、なんか知ってる系?」
 不安気な表情を面に上げたジャンを安心させるように小さく頷いて、くすくすと笑う。
「あいつも悩み多い年頃ってコトだ。三十路も手前になると、男はみんなああなる」
「…………あんたもそうだった?」
 ジャンの悪戯っぽい笑みに直したネクタイの結び目を指で辿って整える。
「ああ。ジャンもそのうち分かるさ」
 手を離すと、ジャンは自分の頬を掻いて思案顔で呟いた。
「俺はいつだって悩んでばっかだけどなあ。こんなカポでいーの、とかさ」
 声音は揺らいでいたけれど、カポになりたての頃ほどではない。少しずつ、らしくなっていく彼の姿に、名づけ子に対するのと同じ親の真似事のような気持ちさえ覚えて柔らかく肩に触れた。
「お前だからいいのさ」
「マア、相変わらずお上手ネ、ダーリン」
 笑いながらジャンは照れくさそうに視線を外して、きゅっと曇ったガラスを指で拭って外を眺める。
 窓の外はそろそろ雪がちらつきだすだろう寒さで、徒歩の人々は足早に過ぎていく。
「出来ること少なくてもどかしいだけよ? それでもなんでもない顔してなきゃなんねーしさ」
 心底不満げに――宿題を上乗せされた子供みたいにジャンは言う。
「分かってるじゃないか」
「それくらいはネ」
 しみじみと彼が呟くので、俺もまた感慨深くなった。
 その考えと感情を当然と思える資質がどれだけのものか、ジャン自身には分からない。けれどだからこそ、ジャンカルロはこれほどまでに人を惹きつけるのだろう。 
「あのライオンさんにも悩みとかあるのな。そりゃ当然なんだろうけど」
「男なんていつまでたってもガキ臭くて面倒なものだよ」
 そりゃあんただけだろう、とジャンが呆れた顔で笑うので、つられて自分も口角を上げる。
「人生の折り返しに、変わらないことと変わってしまったことを振り返って、悩む時間が必要なのさ」
 口元で手を組み、目を閉じて言うと、ふうん、と声がする。
「そーいうもんかね」
 どこかまだ不満そうな、きっと無知なままでいる自分が不本意なのだろう、その態度に、ジャンは誰よりも重い期待を知らず知らず背負わされているにも関わらず、その願いを超える彼を眩しく思う。知らないからこそ、なのかもしれないが。
「ジャンが立派なカポの顔を――良き羊飼いになってくれて、お兄さんは嬉しいよ」
「――わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは、羊のために命を捨てる?……この間の礼拝で丁度その説教だったな。あんた、中座した癖に」
 どこか恨めしげな目で、ルキーノにでも態度を叱られただろうことを察した。どちらかといえばあの神経質な鬼教師に同情を覚えて、擁護はしないまま言葉を継いだ。
「命を賭してくれる羊飼いのために、可愛い羊は頑張って働かせて貰いますよ」
「可愛いって自分で言うのがカワイくねえっての。てか、お兄さんて年か、厚かましい――、っと」
 急に、キッ、とブレーキが踏まれて俺もジャンも一瞬シートに身体を押し付けられる。
「どうした?」
 運転席に声をかけると、引かれていたカーテンがさっとずれる。
 首を横に振る部下の肩越しに、道路を塞ぐように古いタイプのフォードが留まっているのが見えた。そして、その扉が開くのも。
「――な、」
 その車種に不釣合いなスーツ姿の男たちが降りてくるのを見て、部下が息を飲む。
「ジャン、伏せろ!」
 俺が声を上げてジャンの身体を庇うのと、視界が白い閃光に満たされるのは、ほぼ同時だった。


*


 カポと筆頭幹部が消息を絶ったと出先だった店に連絡が来たのは、あいつらが定時連絡を断って一時間もしないうちだった。
 それから本部に取って返すと、にわかに混乱する指揮を緊急で執った。
 もっとも、数年前に似た経験をした組織だったのと――渦中の筆頭幹部がいつの間にか潜ませていた緊急用の連絡網に助けられ、俺は居心地の悪いベルナルドの椅子に座って電話を待っていた。
 リンと響きかけたコール音も半ばに、目の前の受話器を拾い上げる。
「ルキーノか。俺だ」
 電話の向こうから短く、イヴァンの声がした。
「何か見つかったか?」
「運河に一つ死体が上がった。どうもベルナルドのところの部下くせえ。確認できる奴よこしてくれ」
 舌打ちを堪えて、メモを書き付ける。同じように電話待機しているカンパネッラを指で呼び、メモを手渡すとさっと腹心は執務室を出て行く。
「今そっちに向かわせた。20……15分も掛からんはずだ。死体は一体で間違いないか? 車ごとか?」
「川底を全部さらった訳じゃねえから確証はねえが、車は見慣れない運転手が乗ってるのが目撃されてるからな。いい加減、網にかかるはずだ」
 イヴァンが告げる言葉を半ば夢心地に聞きながら、ピンの刺されたデイバンの地図を指でなぞる。
 掃除屋の農園周辺から広がった包囲網の軌跡は、ぐるりとデイバンを覆いつくす形になっている。これで、見つからない道理はない。
 それでも両方の意味で己の半身が危険に晒されている――今でも囚われているあの悪夢と同じ状況で、冷静でいられている自分に違和感を覚える。
「……大丈夫か?」
 俺の無言に不安を覚えたのか、イヴァンがらしくなく気を使うような言葉を投げかけてくる。
「ベルナルドじゃないと不安か?」
 くっと喉の奥で嗤って吐き捨てると、想像した罵倒ではなく舌打ちが返ってきた。
「――それはそっちだろ」
 図星を突かれて、自分もまた普段のように当り散らすより余計に体温が下がるだけだった。
「悪い」
「らしくねえ」
 二年の間に俺を信用しようとしてくれている男が叱咤するように言い、情けなさに拍車が掛かる。
「――悪い」
 言えばもう一度、電話口から舌打ちが聞こえた。
「クソ、調子狂うから謝んな。とにかく、確認が終わったら一度そっちに――」
「隊長!」
 さっき部屋を出て行った筈のカンパネッラが、ドアを叩き壊す勢いで室内に駆け込んできて顔を上げる。
「――まだ電話中だぞ。騒々しい」
 部下を一瞥して再び地図に視線を落とそうとして、息を切らした男が握り締めているものに気づいた。
「夕方のウチ宛の便に……、写真が」
 開封済みの茶封筒が地図の上に置かれる。
 宛先は、映画会社で使っているベルナルドの所属部署。裏書は、ない。
「どうした、ルキーノ」
 異変を察知したイヴァンに答えないまま受話器を肩で支え、薄い封筒から一枚きり封入されていた紙切れを引っ張り出す。
 白紙に酷く癖のある筆跡でデイバン市内の電話番号が――そのまま紙を裏返した。
「――――Figlio di puttana」
 腹の奥底から呪うように言葉を吐いた。
 粗悪な現像で焼き付けられた写真には、後ろ手に縛られたまま俺を静かに睨み付けるジャンと、その側で倒れ伏しているベルナルドが写っていた。


*


 子供の頃の夢をみた。
 それが夢だと分かったのは、自分がもう二度と袖を通さないと誓った軍服を着ていたからだ。
 まだ十代の頃、軍に居た頃の夢。

 時折訪れる休暇中、手紙を送れるような家族や恋人、友人を持っていなかった俺は暇を持て余していた。
 仕事に没頭していられる間はよかった。何も考えずにすむのだから。ただ、権利として押し付けられるその空白の時間が俺には何より恐ろしかった。
 だから、世間を見返したいという若すぎる感情に任せて机に向かっていた。
 馬鹿な男だと嘲笑われ、イタリア系であることを理由にリンチを受け、本を破られるなんてことも日常茶飯事だった。
 それでも実家から唯一持ち出した聖書だけは無事で、勉強する側で時折開いて眺めていた。
 夢の中で俺は支給された安い煙草を口に、錆みたいな赤の目立つ粗悪なインクで汚した手で、ページを捲る。
 俺は今も昔も世界のあらゆることに懐疑的で、決して信心深い方ではなかったけれど、それでも救われる時間があった。
「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは、羊のために命を捨てる」
 夢の中で唐突に声がした。それはジャンの声だった。
 顔を上げると、金色の光を浴びる天使がいた。――薄汚れたストリートの少年が、俺にはそう見えた。
「わたしは良い羊飼いであって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている」
 夢の光景は、初めてジャンに出会った日の風景になっていた。
 繰り返し優しい夢に見る光景は、いつまでも擦り切れることなく網膜に焼きついた。まるで美しい映画のワンシーンのように。
 伸ばされた手を取って、俺は、はぐれた羊ではなくなった。

 目の前にはラグトリフがいつの間にか立っていて、埃っぽい床から俺の古びた聖書を拾い上げながら言う。
「あなたは九十九匹を救うこと自体に迷いはないのに、捨てた一匹のことは、いつまでも後悔するタイプですよね」
 煙と変わらない雰囲気で佇み、あの笑みを貼り付けてラグはパラパラとページを幾つか捲り、囁いた。
「……そもそも、羊飼いって性質でもない」
 迷いっぱなしの自分の人生を振り返って、ルキーノに言ったように自嘲すれば、ラグは俺の答えを想定していたかのように笑みを深める。
「あなたを知っている人間は、あなたがそう答えると分かっているでしょうね。そう考えているのは、あなただけだと思いますが」
 手渡された聖書は妙に重くて、俺は頭を振った。
「そうなりたかった時期もあったけれど、俺は違うと今はもう分かっているよ。けれどここにいる幸福を知ったから、俺はもういいんだ」
 心から出た言葉だったが、あいつは聞いたら顔をしかめるのだろうかと、どこかで思う。
 まだ諦めがついていなかった頃は、ジャンとはまた別の意味で奔放に生きるあの赤毛の若造を羨んだり妬んだりしていたことを、あいつは欠片も気づいていない。それでもいいし、それでよかった。あの無神経さが、憎らしくも俺にとっての救いなのだ。
「…………羊飼いでも羊でもなければ、あなたは山羊なのかもしれませんね」
 それは確かに、現実にラグがいつだったか口にした言葉だった。
「羊飼いが一匹を助けに行く時、残していく九十九匹へのよすがは、群れを牽く山羊にあるんでしょう。きっと」
 フードに陰った目を伏せて、どこか神聖な意味を囁くように彼は言った。
 それに応えようと口を開きかけたけれど、その先は適わなかった。
 ――殴りつけられる懐かしい感触で、目を覚ました。


*


 コンプレートの袖をめくると、収まった腕時計の中でパーペチュアルが週が変わったことを知らせていた。
 瞬きを一つしてそのまま目を伏せ、思案に耽ろうとしたが、部屋を満たす割れるような悲鳴に邪魔されることになった。
「ひっ、――が、ああッ! や、め」
 最近ベルナルドの下につけられた男が一人、片方の靴を脱がされ、椅子に固定されていた。その側に、掃除屋が座り込んでいる。
 不完全なベルナルドのスケジュールを流せたのはこの男ただ一人なのにも関わらず、口を噤み続けることに苛立ちのまま殺してしまいたかった。それでも、正しく裏切り者に相応しい制裁を加える。
「やめて欲しかったら、悲鳴以外の言葉吐け」
 焦りは決して面には出さずに短く告げ、興味などまるでないように視線をそらす。
「しら、しらなっ……」
 男の震えがそのまま、ガコガコと椅子を揺らした。それように作られた溝に向かって、そいつが垂れ流した小便とそれに薄められた血液が流れていく。
「もうちょっと、滑りをよくしましょうか」
 室内でもかぶったままのフードを揺らして、掃除屋は世間話のように軽く言うと手元を弄った。ガキリと金具の噛み合う鈍い音が響く。
「うぅ…………、ギ…が――」
「おい、掃除屋。殺すなよ」
 足元の溝を掠めていく失血量を眺めながらぼやくと、気配だけでも掃除屋が笑ったのが分かった。
「そんなヘマしませんよ」
 メキ、と今度は男自身の身体、骨が軋む音がはっきりと聞こえた。
「聞いてたか? よかったな、好きなだけ虐めてもらえるとよ」
 俺の無感情な言葉に、体液で濁った涙をぼたぼたと零していた男は、かっと目を見開く。
「――いっ………言う! 言いまふ…だから、」
 その呻きに、俺はようやく椅子から腰を上げた。
 男に当てられた眩しすぎるライトを背に、裏切り者を見下ろす。
「一片でも嘘があってみろ。楽に死ねると思うな。お前の親兄弟まで皆殺しだ」
 髪を振り乱して男は頷く。
 男からは陰になって見えないだろう笑みを作って、薄汚れた髪を引き掴む。
「いいコだ。話せ。一つ残らず」
 至近距離で囁くと、男はひっと喉にかかる笑い声交じりに話し始める。
 平静を装いながら、内心は既にこの暗室の外に駆け出したかった。
 交渉用に相手が用意したであろう番号にコールするリミットは、朝までだ。それを過ぎれば向こうは交渉の余地もないと気づく。
 最初の要求がない以上、回線を確保するのは悪手ではないが、こちらにはメンツがある。どう足掻いても、最善手にはなりえない。
 デイバンに入り込んだ仔バエは叩き潰す。それは同時に、カポの――それ以上にベルナルドの身を危険に晒す。それでも。
「掃除屋」
 喚く男の口から、ヤサの住所らしきものが漏れるのを聞いてから口を開いた。
「なんでしょうか」
「お前にしか頼めん。出来るだけ、惨たらしく殺して晒せ。こいつの身内が二度と裏切る気も起きないくらいにな」
 手を離すと、がこんと再び椅子が鳴いた。男はまだ笑い続けている。
「承りますよ。個人的に、僕に出来る範囲でそうするつもりでしたし――許可がいただけるなら」
 珍しく掃除屋の顔はさっきまでと打って変わって、一切笑っていなかった。
「頼む」
 短く告げて、俺は踵を返す。
 背中に受ける既に言葉になっていない呻き声に混じって、掃除屋の声で「ありがとうございます」と聞こえた気がしたが、空耳かも確認しないまま部屋を後にした。


*


 ストロボの閃光と音でそれが終わったのを察して、薄く目を開く。
 鈍く歪む傾いた視界の端で、複数の人間の靴が部屋を後にするのが見えた。
 ストロボで焼けた目が少しずつなれ、詰まれた木箱の上で淡い光を漏らしているランタンに情けなくも安堵した。
 ガコン、と重苦しい扉が閉まる音と、それに続いて施錠する音が部屋に響く。
「……ベルナルド、大丈夫か」
 ジャンがドアの方に警戒する視線を向けたまま、縛られた手でフクロになった俺の身体を労わるように触れてくる。
「平気……とは言いがたいけどね。何とか」
 ジャンとは逆に前に縛られた手で指を握り返すと、ほっとしたような声があった。
「それで平気だとか言ってたら、俺がもう一発殴ってやってたよ」
 横たわったまま身体だけジャンの方に向け、痛む口元を拭う。彼もまた、ようやく俺を見るように床に視線を落とす。
「眼鏡はあんたの身代わりに粉々だけどな」
 そう言われて、自分の側で眼鏡のフレームだけが転がっているのに気づいた。
「これは賠償請求しないと」
 喋ると切れた唇や肺が痛んだが、出来るだけ表情には出さないようにジャンの顔を伺うと、彼の方が俺の痛みを一身に受けたような表情で、立場に不釣合いな優しさに微笑む。
「何笑ってんだ」
「ボスが大変お優しいので、嬉しくて」
「アホか」
 普段なら叩かれていただろう言葉を受けてもう一度口元を綻ばせると、殴られるまでもなく痛みが走った。
 それに呆れ顔を浮かべたジャンは、はーと深く溜め息を吐く。
「最初はあんたが殺されねえのかとか、不安だったけどな……そんな様子もねえし」
 ジャンはもう一度、男たちが消えたドアを伺って言う。
「人質は二人以上いた方が都合がいいからね。何かあった時に、片方を殺しやすい」
 俺たちの間では半ば日常的にやり取りされる言葉ではあったけれど、状況的にジャンが眉間に皺を寄せたので、更に話を付け加える。
「その何か、は先方さんで問題が発生した時、な。絶対ではないけど下手に抵抗しない限り俺たちが起因にはならない」
「なる……。あんたがされるがママだったのはそういうワケ?」
「他にも色々要因はあるけどね。今はレクチャーしてる暇はなさそうだな」
 弱々しくも表情をゆるめると、ジャンはもう再び視線を上げてドアと俺を見比べた。
「あいつら――、何処の人間とかあんた心当たりあるけ?」
「心当たりなら幾らでも。俺たちの商売だけに」
「違いねえな」
 力なく笑ったジャンの声に、聞こえてきた会話は当たり障りのないものだったが、訛りはこの州では聞き馴染みのないものだったと思案しかける。
「あんた意外とタフだな」
「慣れてるからね」
 考え込む前にジャンの言葉に自嘲して、ギシギシと軋む身体を捻って床に手を付く。
「……ジャン」
 頼りなく響いてしまった声で彼を呼びながら、痛む身体を引き起こして壁にもたれ掛かった。
 膝立ちでずるずると近寄ってきたジャンに、目線だけで背中を向けるように指示すると、一瞬怪訝な表情を浮かべた彼はそれでも俺に背を見せる。
 聞き耳を立て、側に誰も居ないことを確認してからジャンの身体の影で靴の踵で床を叩いた。
 かつんと、室内に小さな物音が響いた。足音よりも軽いその音で踵の部分がぱっくりと靴底から外れて、床に転がる。
 背を向けたまま首だけで俺を見ていたジャンが声を上げかけて息を飲んだ。にやりと笑いかけとる、それはジャンにも伝染する。
「――――流石だな、俺の魔法使い」
 反対の足も引きずって同じように床を叩いて靴底を外し、両方にそれぞれ入っていたバラの金属のパーツと数発の弾丸を取り出すと、靴を元に戻した。
「タネも仕掛けもある、ただの手品さ。お望みならハトも出そうか?」
「ハトって食えるっけ?」
 いつもの軽口の戻ったジャンは口元に安い笑みを浮かべて、ドアの方を注意しながら俺の手元を背中に隠してくれる。
「帰ったらチャイナ・タウンで腹いっぱい食べようか」
 バラバラに散らばったパーツを膝の下にかき集め、その中から小型のレンチを拾い上げ、元の形に組み立て始めた。
「遠慮しとく。ふつーにパスタくいてーパスタ」
 ジャンが隠し切れずにはしゃいで言うと、呼応するように彼の腹の虫が鳴いた。
 手を止め顔を見合わせると、ぺろりとジャンは舌を出す。
「……帰ったら、顧問に説教つきのお食事会にはご招待してもらえるさ」
「あー……」
 失速したジャンの声にくすくすと笑いながら、掌に収まるサイズ、シリアルのオマケみたいな銃を組み立て終える。
「ワオ」
 口笛を吹く代わりにジャンは小さな歓声を上げた。
「軍の試作品の横流し品さ。ちょこっとばかり手は加えてあるけどね。粗悪品だが単価が安くて組み立てが楽って触れ込みだから、抵抗組織に流して使う気なんだろう。敵の敵は必ずしも味方ってワケじゃないけど、便利に使うのが一番だからな」
 今は必要のないウンチクを述べ立てて、そのチャチな玩具と変わらない銃身についているつまみを捻り、薬室に弾を込める。
「見ての通りこいつは排莢も手動な上に、単発で次弾の装填には時間がかかる。ついでに射程もお察しだ」
「至近距離で、一発こっきりってことか」
「深刻にならなくても大丈夫だよ、ハニー。コレはただの保険だ」
 投げキッスをしたい気分だったがウィンクで済ませて、代わりに装填の終えた銃身に口付ける。
「……ここは俺たちの縄張りで、二年前とは違う」
 ボスと幹部の一人が一日二日欠けた程度で、二年前の混乱を繰り返すほどウチの組織は馬鹿揃いではない。あの頃足並みもそろっていなかった幹部陣も――俺を信用してくれるだろうか。ふと、ルキーノの言葉が耳によみがえる。
 今、俺はまた、はぐれた羊なのだろうか。……けれど、ならば。
「恐らく、だけどな……ジャンが車に乗っていたのは想定外だったのさ」
「何か俺のこと、持て余してる風ではあったよな」
「ああ」
 短く答えて、手の中の自分の命だけならいざ知らず、組織の命そのものを賭けるには心許ない仕掛けを、祈るように握り締めた。
「不慮の事態を押して俺たちを監禁してるのは、先方さんはウチと交渉したい事があるってコト。だから、大丈夫さ」
 それから間違いなく、俺を守っているのは幹部筆頭という肩書き、ジャンの庇護だ。確かに俺たちは噴けば飛ぶような場末のヤクザだが、復讐をという大義を持つ連中を敵に回すのは少人数でも厄介だと分からないような馬鹿が相手ではないということ。
 情報が幾つかあれば、俺はジャンを守ってやれる。
 俺の命を――賭けるに足る。
「ジャン、俺を信じてくれるか」
「当然」
 即答を笑って返してくれる我がカポに、俺は微笑を返した。


*


 イヴァンの網にかかったベルナルドの所有車の現在地と、裏切り者が口にした住所は数百メートルと離れていなかった。
 届いた写真に記された番号も、すぐ裏づけがされ、その場所はほんの数時間で割れた。
 本来なら、実質組織の全権を預かっている俺は本部を動くべきではない。
 部下を仕向け、本部に鎮座し、報告だけを待つのが正しいのだろう。
「配置につけ」
 短い言葉で命令すると、さっと暗闇の中、男たちが散る。
 日の出を間近に掃除屋の農園とは真逆に位置する街外れの、見た目はとっくに持ち主のいない倉庫の前で己の吐いた息が白く揺れた。
「隊長」
 すっと影のように側に寄った腹心が、周囲を伺ってから手の中の書類を照らすためにライターに火を点した。
「すみません、書類を引っ張るのに手間取りました。ウチの――四年前の件を書きたててた新聞屋の、正確には情報屋の大本の連中が、最近になってここに滞在してるらしいです。権利書は元DDNの役員のモノになってます」
「新聞屋――ベルナルドが、始末したっていう」
 あの赤毛、と呟きかけて言葉を切る。
「はい。ドン・オルトラーニの始末した男は、ただの窓口……だったらしいんですが、そいつがどうも手に余る情報も持ち出してたらしく……」
 ジャンのラッキーとは正反対に、つくづく運に見放されている男だとこんな時にさえ苦笑する。
「は、じゃあただの火消しか。にしちゃ、随分乱暴な手だ。うちも舐められたもんだな」
 雪でも降り出しそうな空気の中で、風にあおられてシャッターがガシャガシャと鳴く。
 視線を通り向こうにやると、カチカチと信号の光が閃いた。
 ライターの火が消え、視界は一瞬漆黒に埋め尽くされる。
「カンパネッラ、後方は頼んだ」
「はい。お任せください」
 部下の表情は読めない。それでも背中を任せることには不安はない。
 数メートルを歩き、まるで自分の店に入るかのように目的の倉庫の通用口に手をかけた。施錠の感触はなく、あっさりとその扉は開く。
「……何だ、テメエ」
 足を踏み入れて真っ先に、奥に続く扉の前に座る男がボロボロに歯の抜けた口で、ヒスパニック系らしい訛った英語を投げかけてくる。
「招待状を頂いたんだが? ――小汚え場所だな、ったく」
 ポケットから届いた封筒を引き出し、男に向かって投げつける。
「な……」
 一歩近づけば、男は明らかにうろたえて後ずさった。
「おいおい。うちの人間、ここにいるんだろ。迎えにきたっつってんだよ。耳ついてんのか?」
「っ、近づくな」
 男はズボンにさしていたリボルバーを引き抜き、俺に向ける。
 唇に笑みを浮かべたまま、軽くホールドアップしてやると、男はじりじりと後ずさり扉を開けた。
「兄貴――」
 情けない声を上げながらふらふらと男が室内に消えていくのを確認してから、その後を追う。
「――ルキーノ!」
 開けっ放しのドアを潜ると、ジャンもベルナルドも想像通りそこにいた。
 尋問中だったらしい多少整った安そうなスーツを着込んだ男がベルナルドの髪を掴み上げていた。
 隙歯の男が俺に向かってちらつかせていた銃をジャンに向け、ジャンの陰に身体を隠しながら兄貴と呼んだ男を伺う。
「まさか直接おいでになるとは」
 男は堅気とは違う笑みを浮かべて、立ち上がり俺とベルナルドの姿を見比べた。
 床に倒されたままだったベルナルドが、ふらりと顔を上げ乱れた髪の隙間から眼鏡のない瞳で俺を見据える。ふいっとその視線がジャンの方に向けられて、分かっていると本人に言う代わりに口を開く。
「ボス、お迎えにあがりましたよ」
 駆け寄って抱き締めたい衝動を振り払い、穏やかに言う。
「ついでに、筆頭幹部殿」
 スーツの男が一瞬たじろいだように見えた。裏切り者の言葉を信用するなら、こいつらの目的はベルナルド一人だったはずだ。イレギュラーだったジャンの立場がはっきりしたことで、自分たちの状況を改めて思い知ったのかもしれない。
「てめえ、一人か」
 空気の読めない隙歯はジャンの首筋に銃口でキスをしながら喚く。
「そんなわけないだろう。もう囲まれてるさ。――やはり、その金髪を巻き込んでしまった時点で」
 スーツの男は深く溜め息を吐き、大仰に肩を竦めて見せる。
「なあ、どうせ殺されるならどうする?」
 絶対的な不利を理解してなお、男は笑みを絶やさず言う。
「クソイタ公を一人でも多く道連れにしてやらあ」
 隙歯はその見苦しい歯並びを見せてケタケタと笑う。
 予想外にジャンキーを誘導する言葉を紡ぐ男に、心音が跳ねた。
「テメエら……」
「今さっき、そこの金髪の小僧からコレを取り上げたばかりでね」
 スーツの男はカチャリと隠し武器らしい銃をベルナルドのこめかみに押し当てながら、その身体を引きずり起こして笑う。
「俺たちが用事があるのは、こっちの男だけなんでね。君たちのボスの命で俺たちを見逃すのと――二人とも死なせるのと、どっちがいいかぐらい、頭の軽そうな赤毛でも分かるよな?」
 冷たい汗が背中を舐める。ヤケになりかけた男たちを前に、初めて人を弾いた時よりもきっと、俺は怯えていた。
 その時、げほり、とベルナルドが咳き込んで俺の目を見据えた。
「…………ルキーノ、分かるだろう。今、俺がはぐれた愚かな一匹で、ジャンは九十九匹の羊だ。――俺の望みを」
 ベルナルドは唇を鮮血で濡らし、それでも今まで死に行く誰に見せたものよりも鮮やかに口元を歪めて嗤う。
「黙れ」
 こめかみに突き付けられる凶器にも男の耳障りな声も物ともせずに、ガラスより冷たいんじゃないかと時々錯覚した瞳が、今真っ直ぐ俺を見ていた。
 俺の背を押すように。
「――――ッ、クソッタレが」
 叫んでホルスターから銃を引き抜き、ジャンを押さえつけている男に向けた。
 ぎょっとした隙歯が撃鉄を上げるより早く二発、発砲する。
 どちらかが男の肩を掠めて、わずかに身体が揺れた。
 殆ど同時に天窓が割れて、粉々になった無数のガラス片と共に黒い影が舞い降りる。
 烏に見間違えるような細い影が肩口を押さえた男の首を薙いだのが見えた。次の瞬間には、派手に真紅の血を噴いて床に崩れるところだった。
「ジャンさん!」
 ジュリオが自分のコートの中に庇うようにジャンを捉えたのと、豹変したその雄叫びは、ほぼ同時にあった。
「地獄に落ちろ、イタ公があぁあああ!!」
 パンッと、パーティのクラッカーのような、間抜けな軽い音が響いた。
 下品に嗤う男の腕の中でベルナルドの身体が崩れ落ちるのを見て、一気に血が沸騰するのが分かった。
 その光景に目を見開いたジャンが、ジュリオに抱きすくめられてなお手を伸ばす。
 俺は弾かれるように駆け出して、倒れたベルナルドを一瞥もせずに玩具のような銃を手にした男の顔面を蹴り上げる。靴底で歯がもげる感触がした。

 数メートルを吹っ飛ばされた男の肩を踏み倒すと「ギャ!」と獣を潰したような悲鳴が上がった。
「ジュリオ! カポは無事か?!」
 銃声と絶叫に下がらせていた部下たちが慌しく倉庫内になだれ込んでくる。
「無傷だ! ジャン、さん……」
 ジュリオの呼ぶ声が半分、子供のそれだったのに笑ったまま、耳障りな悲鳴を上げる男の肩を体重を掛けてゴリゴリと靴底で踏みつけると、ベキンとどこかの間接が外れる感触が伝わった。それで声が一層高く響き渡る。
「ギャーギャー煩ぇなあ、これだから豚野郎は……」
 そいつの額に銃口で見てやると、声はやんだ。
「へ、は……何がコーサ・ノストラだイタ公。所詮は害虫が群れを成してるだけじゃねえか。駆除出来たのが一匹キリってのは、残念だが――」
「言いたいことはそれだけか?」
 しゃがみ込み、まだ焼けたままの銃口を男の額に直接押し付ける。じゅっと肌の焼ける音と嫌な臭いと共に、もう一つ短い悲鳴が上がった。
 埃だらけの床を暗い色の血溜りが広がって倒れた肩を濡らす。色濃く鼻腔をくすぐる死の臭いに、そちらを見ないまま奥歯を噛んだ。
 ジュリオに支えられたジャンが半ば呆然としたまま俺の側に寄り、俺が押さえつけている男を見下ろした。
「…………ジャン、命令を。この男を――殺させてくれ」
 その言葉を吐き出した俺の表情は、ジャンにはどう見えていただろうか。ともすれば口元が笑いそうになるのを、必死で堪えた。
「――っ、……ルキーノ、」
 ジャンは情けないガキの面に戻ってしまっていて、ああ俺の所為だと――ベルナルドに叱られると気づく。
「ご命令を。我らが、カポ」
 あの時とは真逆に、逃げずに、泣き喚かずに、俺は言った。
 ジャンがそれで落ち着きを取り戻し、ぎゅっと目を閉じると俺に命令を下す。
「……まだ、駄目だ。分かってんだろ、ルキーノ」
 望んだ言葉を手渡されて、目を伏せ――そのまま銃を下ろすとマガジンを抜いた。ロックされたそれを手の中でくるりと回転させて安心させるようにジャンに示す。
「ああ。それでこそだ、ジャンカルロ」
 穏やかに囁いて、踏みつけていた男の髪を掴み上げて無理やり起こす。
「連れてけ。――丁重に、な」
 命令すると、部下たちが手早く自殺できないように猿轡を噛ませ、生き残りを引きずって行く。
 その姿を見送って、俺はマガジンを抜いたままの銃をホルスターに収めて、男が取り落とした銃を拾い上げる。
 やけに軽い銃はもう冷めていて、ジャンが持っていたには不自然な……ライフリングすら刻まれていない粗悪なそれは発砲の衝撃で銃身も外れ、視界の端で空の薬莢が血の海に沈んでいるのが見えた。
 ジュリオに首を裂かれた男の横で、横向きに倒れているベルナルドの身体がいつかの光景と重なってドクリと心臓が震える。
 乾いた喉に何とか微かな唾を飲み込んで、震える手でその肩を揺さぶった。
「起きろよ、なあ――」
 声は情けなく擦れていた。
 そのまま、ぐったりと項垂れた身体を抱き起こす。
 柔らかいグリーンの髪の束が幾つか、その肩から滑り落ちて床に零れる。
「――――ベル、……」
 名前を呼ぶ前に、瞼が震えた。
 確かに打ち抜かれて見えたこめかみ辺りを撫でると、髪が焦げてはいるが、怪我は――ない。
 ゆっくりと開いた目が、ふらりと俺の瞳を捉えて、細められた。
「ベルナルド……!」
 俺の声に、今度こそベルナルドははっきりと苦笑して見せる。
「………………悪い、耳が少しいかれてる」
 ベルナルドは擦れた声で言って、痛みにか俺の腕の中で身じろぎをした。
「ジャン、さん、空砲です。ベルナルドは、無事です」
 ジュリオの落ち着いた声に、ジャンがその場にへたり込む気配がした。
「馬鹿野郎……!」
 ジャンの搾り出した声と、俺の呻きは殆ど同時だった。
「お前なら、分かってくれると思ったから、な」
 聞こえてか聞こえずか、ベルナルドはそう言って俺の指を柔く握り締めた。
 過去の過ちに怯え震え、それでも一匹に手を伸ばした俺の手は、確かに握り返される。
 壊れ物に触れるように抱きよせると、微かな温もりをスーツ越しに感じた。猫を抱き上げるようなそれに、場に不釣合いなほど穏やかな笑い声が混じった。
「助けられたじゃないか。……お前は、良い羊飼いだよ」
 経年の呪縛を、ただその一言が砕いた。
 いつの間にか背に回された手が、子供をあやすように俺を撫でる。
 やっと気づいた。
 俺は一匹のために駆け出せる勇気を失っていたんじゃない。ただ、追いかけた先で一匹が死んでいる可能性が何よりも恐ろしかった。
 ベルナルドの言葉を疑っていれば、今度こそ一匹を探し続ける勇気を無くして、再び後悔を。あるいは、九十九匹そのものを失くしていたかもしれない。
「ああ。お前のおかげだ、ベルナルド」
 誰にも聞かせられない言葉を囁いて、ようやく見失っていた欠片ごとその身体を強く抱きしめた。


*


 コンコン、と開けっ放しのドアを義理で叩いて、声をかけた。
「お加減いかがだ、筆頭幹部」
「……それなりだよ、筆頭幹部代理」
 酷く重く感じている一時的な肩書きで呼ばれることに苦笑すると、恐らく同じ顔で彼もまた笑った。
 本部の一室、ベルナルドの私室に当てられた部屋には、一応絶対安静とカポ命令を受けている男がまだ包帯の残る痛々しい姿でベッドの上、布団だけではなく書類に半ば埋まった状態で身体を起こし、俺の姿に肩を竦めて見せた。
「見舞いと仕事の話、どっちだ?」
「恋人になんて味気ないセリフだ。――まあ両方だが」
 手にした大判の封筒を軽く掲げると、それでもベルナルドは「歓迎するよ」とウィンクをした。
「随分とオツカレちゃんみたいだな」
 ベルナルドは手渡した封筒の中から彼のサイン待ちの書類を新しくベッドの一部にしながら、俺の手を見て笑う。
「電話受けすぎて首が痛い。しかも俺の綺麗な指がインク染みとペンダコだらけだぞ。レディが悲しむ」
「いずれ俺が引退したときの予行練習とでも思って頑張れよ」
 その言葉をきっかけに幾つか仕事のやり取りをした。今回の件の後処理は殆ど終わっている。まだ暗室には何人か残ってはいたが、必要な話は殆ど絞った。あとは制裁を待つだけだった。呆気ない幕切れだが、普段と代わりのない終わりでもあった。
「ああ、そうだ。明日には仕事に戻るよ」
 既に半ば仕事復帰しているようなものだろうとも思うが、一番の重荷、あの電話の王は珍しく部下や俺たちに預けていたので、それのことだろうと察する。
「耳、大丈夫なのか?」
「ちゃんと会話してるだろ?」
「まだ音量調節の方は、上手くいってないみたいだけどな」
「おっと」
 ベルナルドはふわりと笑みを作ると、機械の抓みを捻るような仕草をした。
「恋人と愛を語らうには、ウィスパーと相場が決まってたな」
「……あんたはどこまで本気か分からんな」
 自分の膝の上でベルナルドは書類をまとめるのを眺めながら、俺はばつの悪さに頭を掻く。
「疑うと目が曇るぞ」
 俺を追い込むようにふわふわと笑う男は書類をベッドサイドに寄せた机に投げ、代わりのようにそこから煙草を拾い上げて口に咥えた。自然にポケットからライターを取り出すと、ベルナルドもそうされるのが当然のように、俺の手元から煙草に火を点ける。
「あんたが言うか」
 不敵な笑みのままベルナルドは煙を吐き、俺もまた自分の煙草を口にした。
「恋人を守れてない、だろ俺は。結局あんたに怪我をさせて、ジャンも危険な目に……。捕まったのがあんたじゃなかったら、もっとスマートにこの件を処理出来てただろ」
 火を点けながら、どこか言わされている気さえする弱音を零し、ちらりと横目でベルナルドの顔を伺う。
「さてね。もしも、なんて俺には分からんよ」
 紫煙と共に吐き出された言葉の胡散臭さと面の皮の厚さに溜め息が出る。
「嘘吐け。あんたの得意分野だろ、可能性を想定するのは。もっとも、マイナス方向にばかりだが」
 愚痴半分になった文句は、徐々に失速してしまう。
「いや、それは俺もか……」
 ふぅ、と胸に入れた煙ごと情けなさを吐き出すと、ベルナルドは正面から俺の目を見据えた。
「お前は可能性を知って、恐ろしくなってただけだ。マイナスも含めて、あらゆる可能性が見えるように、羊飼いは目がよくないとな。必要なことだったんだよ。だから、俺は――」
 言いかけて、ベルナルドが自ら苦笑して言葉を切る。
「あんたは?」
 俺の問いかけに、指で挟んだ煙草から昇る細い煙を眺めるようにしてベルナルドは言った。
「俺は……お前は、俺とは違うって言いたかった。俺は痛みも悲しみも全部棚上げにして、そうやって虚勢張って生きてるフリしてるだけなんだよ、結局」
「なんだよ、それ」
 彼が指で弄ぶ煙草のフィルターには、切った唇がまだ癖になっているのか血が染みていた。その赤を瞳に映して、ベルナルドは全てを誤魔化す春の日差しより柔らかい笑みを浮かべる。俺には詐欺師のそれにしか見えなかったが。
「……いつか、抉じ開けてやるよ」
 一瞬柄にもなくきょとんとしたベルナルドは、それでもやがて改めて深い笑みを作る。
「ああ、楽しみだ」
 予想外のセリフに今度は自分が呆気に取られる番だった。
「……ほんとかよ。あんたは口が上手いからな」
「年寄りは口ばかり立って面倒だと分かってて、手を出したんだろ」
「酔った勢いだって自分でも言っただろ、あんた」
「だとしてもだ」
 そうやって言い切ったほんの四つばかり年上の男は、遥か遠くを見るような泣き出しそうな顔をしていた。
 思わずその顔に触れると、ベルナルドは髪を揺らし首を傾げた。
 言いようもない感情を言葉にするのがもどかしく、噛み付くように口付けると目を見開いたベルナルドは睨み付けている俺を見て、それから目を細めてされるがままになった。舌を差し入れると、はっきりと血の味がした。溶け合った場所は、煙草の味は分からない。
「…………あんた、俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」
 そっと唇を離して、至近距離で言うとこつりと額を押し当てられた。
「そっくりそのまま返してやるよ」
 煙に巻くばかりのベルナルドに肩を竦める。男の指先で燻っているものを取り上げて、自分のものと一緒に側にあった灰皿にねじ伏せてもう一度唇を重ねた。
「年寄りなら、若造に少しは優しくしろ」
 血の赤の乗った普段は色の薄い唇を啄ばむように幾度もキスをしてベッドに押し倒すと、まだ残っていた書類がバサバサと床に滑り落ちる。
「若造だからだよ。言っても分からんだろうけどな。俺はお前を見て、隣に立てるだけで報われる」
 ベルナルドの指が俺の髪に絡んで、愛しそうに撫でた。伏せられた睫が震えていて、本当にこの男が泣き出すんじゃないかと不安になる。
 こいつが涙を流す理由なんて、きっと俺にはないのに。
「本当に分からん。…………俺はジャンじゃねえぞ」
「お前がジャンだったら困る」
 殆ど即答だった。触れていた指は俺の首筋を撫でて、冷えた唇が瞼に当たる。
「待つよ。俺はお前より年上だからな。お前が理解して、吹っ切って、自ら触れてくるまで」
 顔を見せないまま、ベルナルドはそう言って、俺の頭を抱きしめた。
「待ちくたびれて本物のジジイになったら、責任取らせるから覚悟しとけ」
 随分と楽しげに告げられたそれはそれは、ベルナルドが滅多に見せない執着の片鱗で、それだけで単純にも胸に火が灯った。
「――ああ、ベルナルド」
 目を閉じ、背中を抱きしめ返す。
 記憶の彼方で、あの鐘がカラリと涼やかな音を響かせた。