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白昼夢

 クリーム色のカーテンの向こう側で、ノックの音もなく扉が引かれる音がして、俺はうんざりとした気分になった。
 この学園に出入りしている人間は少ない。結果、姿が見えなくても誰が入ってきたかなんてパターンが決まりきっているわけだ。
「校則違反め。チクるぞ?」
 想像通りに、遠慮も躊躇もなしに開いたカーテンを手にかけているのは、俺よりよっぽど保健室の似合う病人顔の男だ。
「ジャンにか?」
「あのピンク色の生物へとどっちがいい?」
 楽しそうに笑うベルナルドは俺の許可を得ることもなく、俺が咥えていた煙草をつまみ上げ、自分の口へ。そのままベッドに腰を降ろすと膝の上でパソコンを開いた。
 自分勝手に振舞う男に諦めて、俺は起き上がりかけていた身体をまたベッドに沈める。
 別に寝心地がいいわけでもないが、最初は俺が専有していたベッドに勝手に上がり込まれるのを多少不愉快に感じていた。けれど人の話を聞き流すベルナルドに諦めてから、俺たちが本来いる場所はこんなところじゃなかったはずだとふと気づいた。それがいつの間にか、保健室のベッドの上なんて似合いもしない場所を居場所に決めてしまっている。
「今日も顔色が悪いな」
 塞がった視界の方から声をかけられて、自分が今一人きりでないことを思い出した。
「あんたが言うか、不良生徒」
 俺が自分で抱えている苛立ちをわざわざ見せつけるように言う男に、一番気にしているだろう肩書きを鼻で笑ってやれば、ベルナルドは舌打ち一つ零して黙り込んだ。そのままパソコンを黙々と弄りだしたのがタイプ音で分かったので、ポケットから新しい煙草を取り出した。
 さして美味くもない安い煙の味を共有して、一体自分でもどうしたいのか。ジャンが必死に訴え掛けるほど、脱獄を果たさなければいけない理由が確かに俺にだってあった気もする。それすら日に日に曖昧になっていくのは、怪我がちっとも治らないせいかもしれない。
 保健室の窓際のベッドで、カーテンで仕切られた場所をまどろんでいるだけで、何もかもがどうでもよくなる。身体の自由が利かないせい以外になんの理由がある。
 さっきまでの眠気を思い出している間に、ベルナルドは殆ど吸い終わりだった煙草のフィルターを焦がしたらしく、糞でも踏みつけたような顔で俺の身体の向こう側の窓際で灰皿代わりになっている空き缶に煙草をねじ込んだ。
 自分の身体で俺をまたぐように不器用に伸ばしていた腕を戻して、俺の顔を見たベルナルドは、また俺の煙草に手を出してくる。
 あしらうのも面倒だと思っているうちに奪われて、今度はその煙草はベルナルドの口には行かず、空き缶の中に放られた。
 手袋越しの掌が俺の頬の傷を撫でてきたので、ベルナルドが“もよおした”のだと気づく。男相手にその気になられることに腹を立てることも、相手がベルナルドなことに面倒くささを感じたり、抵抗できない状態に苛立つのも、その全部を何度でも繰り返していたので俺はもうその場で諦めることにしていた。不毛だ。文句を言ったところで聞き入れやしないし、むしろベルナルドに限っては喜ばせるだけなのだ。
「抵抗しないのか?」
 制服を脱がすことも横着して俺のシャツをずらしてズボンの前だけを開き始めた男に、冷たい視線だけ送って舌打ちすると、ベルナルドはそれでも楽しそうだった。俺にはこの男が何を抵抗と取ってくれるのか皆目見当もつかない。だったら被害が少ない方に転がるのは道理で――ここに逃げ込んで以来、諦めることばかり上手くなった気がする。
「せめてこれ、外せ」
 俺に触っている手首を掴むと、ベルナルドは思ったよりもあっさりと手袋を外してベッドの下に投げた。そういえば、ベルナルドがさっきまでその指で触っていたパソコンはどこにいったのだろう。時々この男は手品のようなことをする。
「今日はどっちがいい?」
 自分も脱ぎもせずジッパーを下ろしながらベルナルドは言って、俺の上から覗き込んでくる。
「聞くのかよ……」
「まあ、参考にくらいは」
 そう言いながら恋人にするような気安さで触れるだけのキスをようやくしてきて、俺は余計に機嫌を損ねた。顔にも出ていたらしく、ベルナルドはことさら楽しそうに笑った。
「フハハ、なら今日は聞いてやろう」
 こっちがイイんだろ? なんてベルナルドは結局ズボンを下着ごと脱ぎ捨てて、俺にまたがる。そのまま商売女のように唾液を自分の指に絡めて下の準備を始めた。
 男の癖に俺から見ても妙に色っぽい仕草で誘う男に、興奮しないでもないのだが、それでも頭のどこかが覚めてしまっている。
 俺たちはいつからこうしていただろうか。
「なあ……」
「ン……?」
 シャツを捲り上げて口に咥えて、女にはないラインを見せつけている男の腰に、殆ど無感情に俺が手を添えるとベルナルドが動きを止める。
「俺が好きなのかセックスが好きなのか、どっちなんだろうなあんたは」
 言ってしまってから、どうしようもないセリフだと自分で後悔した。
「どっちか俺が答えたら、お前が困るんじゃないのか?」
 あっさりと俺の考えを答えた男の顔を改めて見ると、ベルナルドもまたどこかやり場のない表情を浮かべている。
「俺はお前とのセックスが好きなんだよ」
 どこか言い聞かせるような声音でベルナルドが言って、唾液で濡れた手で俺の裸の腹に触れて、シャツの下に隠れた包帯の隙間を引っ掻いた。何よりも雄弁に冷え切った手に、俺の方がひどいことをしている気分になった。
 利用して、利用されているだけなのだから、罪悪感を抱く必要はないし、俺がそう思うことはベルナルドにだって不本意だろう。
 このどうしようもない状況にも、俺のは半端に勃ち上がっていたので俺は溜息を吐いて軽く自分のを扱いた。
 それからベルナルドの尻に手をやって開いてやると、小さく笑った男がゆっくりと腰を下ろした。
「ん……、っ」
 慣れた身体が先を飲み込んで、ベルナルドの両手が俺の首のすぐそばに降りてくる。苦しそうに息を吐いた男と目が合えば、殆ど自然にキスをした。
 誘うならちゃんと誘え、とまた余計なことを言いそうになる。言わせないのはきっと俺の方だ。そして、言わないことを選んでいるのはベルナルドだ。
 さっきまで同じ煙草を吸っていた癖に、その向こう側に安物のアメの匂いが残っていて俺は笑った。ベルナルドがそこにきてようやく不安気な顔を見せたので、俺はなんでもないと呟く。
「ああ……もう」
 ベルナルドがじれったそうに声を漏らし、最後まで腰を下ろした。
「自分で動けよ?」
 俺が自分の足元に視線をやって言うと、ベルナルドは自分でこの状態になっておきながら舌打ちをした。
「ヤル気のない素振りで、どうしてこんなにデカく出来るんだ……」
「健康的な男子だからな」
 俺の返答にじっとりとした目を向けていた男が、やがて諦めたように腰を振りはじめた。
 普段は完璧に取り澄ました男が髪を乱して奉仕するのを見るのは、悪い気はしない。自分で乗っかっておきながら、必死に声を抑えて、唇から微かに掠れた悲鳴みたいな嬌声が漏れるのも。
 ベルナルドが腰を揺らすたび、くちくちと濡れた音がする。
「どうして声、我慢するんだ?」
 下から髪をすくい上げると、濡れた目が俺を睨みつけて「うるさい」なんてぴしゃりと突っぱねられる。
 俺が片足を庇って下から突き上げてやると、「ひっ」とベルナルドが声を喉に引っ掛けたのに気をよくして、無理やり腰を揺すりながらペニスを扱いてやった。
 声もなく俺の手の中に射精した男が、震えたままなのに俺を睨みつける。その癖、ベルナルドは俺の胸ぐらを掴んで、そのままキスをした。
 殆ど俺の舌を噛むようなキスは、強ばった背中を抱き寄せると大人しくなる。
「なあ、お前も……イケ、よ」
 唇の触れ合う距離で言わたので、腰を掴んでベルナルドの痩せた身体を揺さぶるようにして、望み通り中に射精してやった。
「ァ……、ぅ……」
 俺の精液を受け止めながら声を漏らす男は、何かを誤魔化すようにまた俺に口付けて目を閉じた。