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通話不可能

 ギリギリと自分の首を絞めている無駄にでかい手を掴んだまま、赤から暗くなっていく視界の中で相手の男の顔を眺めていた。
 薄いカーペットの床で、背中が痛む方が気になった。
「教えろ。知っているはずだ」
 俺よりよっぽど血を吐きそうな声で言う男との、修復出来そうにないすれ違いに、笑うしかない。
 俺が唇に笑みを乗せたのを気づいて、首に絡んだ指は骨を軋ませるんじゃないかという勢いで喉を締めつけてくる。
「――っ、か……、ふ」
 伝わらないことを了承し、説明することすら放棄しているのだから、俺には彼を責める権利はなかった。
 彼方に消え去った死人の手を追い、けれど一緒に落ちることは出来ず、当り散らす先を探しているだけの子供に俺がしてやれることなど何一つない。だから諦める。
 ――まあ、それは詭弁だが。
 胸中に落ちるのは、何もかもを失ったファミーリアに対するには余りにも情を欠いた、憐憫とも違う、ややもすれば嘲笑すら浮かびそうな感情だ。
 このまま殺されて、こいつが裏切り者としてあの農園で磨り潰されるのを見るのも一興かもしれないとさえ思える。
 ああ、死んでしまっては自分では見れないか。
「おれ……、と」
 きっと俺はそれでも笑っていたので、男の手が躊躇に緩んだ。急速に肺に入る酸素にむせ、涙が出る。
「げ……っ、く…は、……お、れと――」
 手を伸ばし、今度こそ捕虜を殺す時の顔を浮かべて見せる。
「心中するつもり、か……――お前が蔑む、名ばかり幹部のホワイトカラーと?」
 剥がれ落ちた手に僅か浮いていた身体は取り落とされ、モノを投げ落としたかのようにごとりと音がした。
 今まで俺を尋問していた男は、今度は子供のように自分の頭を抱え、髪を掻き毟り、呻いた。
 ほんの数か月前まで、恐ろしいものなどひとつもないと言う顔をしていた男の末路は、やはり自分には――。
 声もなく泣き、言葉もなく救済を望む男に手を伸ばし、髪をひきちぎる指を解いてやる。縋る先も落ちる先も選べないのは、この男が本当の意味で、初めて何もかもを失った証拠に思えた。
 薬にやつれた頬を撫でてやると、分別の無くなっていた男は当然ながら俺を押し倒す。
「――ベルナルド」
 名前を呼んだきり、男は黙り込んだ。助けてくれ、と一言いわれれば、俺はこいつのために何かしたかもしれない。こいつのプライドでは言えないことを分かっていてそう思うのだから、実行しない事となんら変わりはないのだが。
 動物にするように頭を撫でてやれば、首に噛み付かれた。
 ぞわりと昔の記憶が背を舐めたが、その傷を吐露したところで会話にはならないだろうし、許し合うことなど出来ない。黙っていたほうがお互いに幸せだろう。この程度で、繋ぎとめられるなら安いものなのかもしれない。
 手負いの獣が這い蹲る様は、この上なく美しかった。