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かわいいひと

 逃げ癖があるのはあんただって同じじゃないか。と、俺は何年か前に刺された言葉を思い出しながら、ただ呆れにそいつの肩を見ながら溜息を吐いた。
 ジャンとの事に気づいたらしい直後の飲みでこのザマだ。
 本当に、どうしてあいつにだけはこの顔を隠し通しているのか分かりゃしない。いっそ、バレて惨めな女々しい姿を見せつけた方が諦めもつくんじゃないのかなんて他人事だから思っている。もっとも俺には男の尻を追い掛け回す気持ちなんて想像もつかないが。
 ともかく、ベロベロに酔っ払って醜態晒している男の肩を今度こそこついた。
「おい、そろそろ帰るぞ」
 カウンターに突っ伏したまま片手を力なく上げて、嫌だ放っておけとばかりにひらひらと掌を返す男に舌打ちをした。
「だったら、いつまでこうしてるつもりだ?」
 空いたショットグラスを指で弾いて聞くが、寝言の延長みたいな声は曖昧だ。そうやって本心を隠し続けて大事にしすぎた結果、別の相手に引っさらわれたのに、結局この男は自分の性質を変えられないままらしい。
 こいつのシマのバーなのだから、放置したところで死にやしないだろうが、などと考えてもう一度視線をカウンターの上でぐしゃぐしゃに潰れた男の後頭部にやった。
「……しあわせになりたい」
 ――そう、ベルナルドは酒に焼けた声で言った。
 本当にそう言ったのかは分からない。言っていたとしても本気でそんなセリフをこいつが吐くわけがない。幸福から遠ざかってばかりいる男からは余りにも程遠い願いに、呆れ果ててものも言えない。
 自分のグラスの中で氷を揺らしていた琥珀を干すと、乱暴にベルナルドの髪をかき混ぜた。おかしなうめき声を上げた男に、ようやく笑う。
「あんたは本当に馬鹿だな。知ってたが」
 失恋の痛手に同僚巻き込んで泥のように飲むのも、まあ人生の楽しみのひとつじゃないのか、なんて言えば、あんたは無駄に作りの良すぎる頭で願う「しあわせ」がどこにあるか理解出来るだろうか。