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ボーダーライン

 誰かに対して感情を持つ切っ掛けなんてなんでもいいし、そんなもの出会い頭の事故のようなものだ。ましてや惚れた腫れたの色恋沙汰なんて、その最たるものだろう?
 そう言っている言葉はもっともだろうし、俺だって少し前まで金髪の天使に向けていた感情の始まりを説明するとしたら、運命だとか大それた言葉よりよっぽど的確な表現だろうと納得しただろう。けれど、それが自分に向いているものと思うと、理解が追いつかない。
「それで、まだ説明が必要か?」
 俺の悩みの種になっている男は、さも興味なさげな涼しい顔で作業に黙々と没頭している。俺の服を脱がす作業だ。
 コルセットの紐を解く方が得意そうな手が、するすると俺のドレスシャツのボタンを弾いていくのに困惑しながら、天井を仰いだ。数か月前に押し潰されそうな気分で数日間俺を苦しめてくれた、洒落たライトのぶら下がった天井が、今は気楽に俺をあざ笑ってくる。生温い光で、生娘じゃあるまいし、なんて。
 デイバンホテルのあの一週間を過ごした一室で、俺は同僚で年下の酔っ払い……いや限りなく正気、かどうかは俺には疑わしいのだが、とにかくルキーノが、俺の上に乗っかっていた。
「別に、ハジメテでもないだろう?」
 俺の困惑を鼻で笑い、ルキーノは俺の眼鏡に手をかけ掛けて、やっぱりこのままだな、なんて呟いてこめかみに小さな音を立ててキスをした。くすぐったい。触れた唇もだが、扱いが。
 確かに、身体の関係は前からあった。
 何の事は無い、お互いに溜まっていた。マジソン刑務所から抜けて、デイバンに戻った直後、すぐに確保したホテルにオンナを連れ込むのを禁止したら話の流れでそういうことになった。
 最初は手だけだった気もするが、転がり落ちるのは簡単だったし、ルキーノは商売女たちの間の噂に違わぬテクの持ち主だったらしく、男相手にも覚えが良かった。それに決してオンナ扱いをしてくるわけではなかったが、男相手にもそれなりに紳士だったので、俺も抱かれるのは嫌ではなかった。まあ、俺が小柄で若ければ態度も違ったかもしれないが。
 つまりただのセフレだった。ついさっきまでは。
 そもそも、セックスをする相手にするには危なすぎる橋なのは分かり切っていた。外にバレたらお互いの命捨てるだけで済む立場同士じゃない。それでも快楽と、セックス以外のプライベートに口出しもされない、結婚も考えなくていい相手の楽さに流されて続けて一年ほどが経っていた。
 いつものようにホテルにシケこんで、始まりを思い出したので思いつきだけで「どうしてお前は俺とセックスをするんだ?」なんて聞いてしまった。
 戻れるなら数分前の自分の後頭部を電話機でぶん殴っている。
 もう制限なくオンナを抱けるはずの男だ。そもそもオトコは趣味じゃないんだがとかブツクサいいながら、いかにも仕方なく俺の手を借りてきたような男だ。
 いつものように、変わりなく見慣れた動作でネクタイを解きながら、ルキーノは明日の天気でも告げるように「そりゃあ、お前が好きだからだろう」などと寝言のようなことを口にするなんて、俺が想像出来るはずもない。