Novel

TOP > SS > LUCKY DOG1 > Luchino x Bernardo > 死に際の蜂

サイドメニュー

Menu

死に際の蜂

「来るとは思わなかったよ」
 そういう風に、ベルナルドは言った。
 部屋には俺とベルナルドしかいなくて、蚊の鳴くような声でも言葉はよく分かる。
「怒らないのか」
 ベッドから三歩の距離を歩み寄れないまま言うと、ふっと息が笑うのが聞こえた。
「お前の弱さはよく分かってる。散々利用させてもらった」
「……ひでえな」
「ああ、俺は酷い男だよ」
「でも、俺ほどじゃない」
「買いかぶりすぎだ」
 それで会話は途切れる。
 ベッドに身を横たえた男は、そばに来いとも言わない。
 今にも途切れて消えてしまいそうな細い呼吸を聞いていると、この部屋から逃げ出したくなる。きっと死ぬのは、俺のはずだった。
 短くなってしまったくすんだグリーンの髪の隙間から、ようやく、ベルナルドは俺を見る。
「猶予を貰えたのは、俺にとっては幸福だった。ジャンには別れを言えたしね。――ルキーノ、お前は辛いだろうが」
 穏やかに笑い、眼鏡越しでない瞳が瞬かれた。
 何年も前に聞いた、葬式の鐘の音を思い出す。
「…………ベルナルド……ベルナルド、ベルナルド――。いかないでくれ」
 呻いて、それでも足が動かなかった。
「笑えとは言わん。泣くなとも。お前が、俺の所為で心を乱してくれているのを見れるのは、嬉しいんだ」
 ベルナルドはもう視線をくれず、天井を見ている。
「声を聞けただけで十分だ。俺は考えてたよりお前に愛されていたらしいな。だから、もういい」
 ひどく簡単にベルナルドは言って、ひらりと掌を振った。出て行け、とばかりに。
 震える足がふらりと一歩よろけ、支えようと二歩目が出た。
 もう、手が届く。
 手に触れると冷たかった。
「馬鹿だな」
 視界が滲んだので、痛む喉が理由もわからないまま勝手に謝る。
「あの時と同じになるつもりか? 薬と酒に溺れて、もう俺はフォローしてやれんぞ」
 床に膝をついて、その手を握り締めたまま嗚咽をシーツに吐いた。
「本当に可愛い男だよ、お前は」
 微かな力で握り返された掌の感触に、数年前と同じにこの世界の何もかもを呪った