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誰も幸せになれない

「ダーリン」と声を掛けられて視線を上げると、ジャンが居て酷く不安げな顔で俺を見ていた。
「なんか上の空じゃね」
 その言葉で不安からではなく心配してくれているのだと悟って、俺は苦笑を浮かべた。
「そうかな」
 ころりと書類の上にペンを零すと、ジャンは眉間の皺を深める。
「ありゃ、結構重症みたいネ」
 んー、と舞台役者みたいに俺の目の前で腕を組んで考え込んで見せたジャンは、ぽんと俺の頭に手を乗せて子供みたいに撫でた。
「今日はもう帰って寝ろよ。ボス命令な」


 なんて言われて執務室を追い出されたのが五分ほど前だ。
 普段ならジャンの命令でも適当な理由を並び立ててその場に居座るところなのだが、俺はそのまま言いくるめられて一人で廊下を歩いている。
 そういえば、自分でも自覚できるほど最近頭がぼうっとしている事が多い。
「――、おい、ベルナルド。考え事しながら歩いてるとぶつかるぞ」
 今度は目の前にルキーノが居た。
「ああ、風邪でも引いたらしい」
 自分で言っておいて、話がつながっていない気がしたが、ルキーノは構わずぺたりと俺の額に手を当てた。
「昨日は何もしなかったと思うが?」
 部下が傍に居ないのをいいことにルキーノは下世話に笑って、さっきまでのジャンと似た表情で俺の顔をまじまじと見る。
「少し熱いか?」
「自分では分からなくてね。けど、ジャンに仕事を取り上げられた」
「流石カポだな。今日はとっとと寝ろ」
 手の中に残っていた書類すら取り上げられて、私室の方に視線をやられる。
 エスコートされるまま私室に押し込められると、冷えた室内にぶるりと身震いした。
「どうした?」
「寒い」
 ドアを閉めるとルキーノは遠慮なしに俺を抱き上げてベッドの上に放る。
 毛布をかぶせられて、その下でスーツを剥ぎ取られて身軽になると、ルキーノは酷く優しい声で「寝てろ」と言った。
「お前、自分の仕事は」
「夜まで手空きだ」
 俺のスーツを手馴れた仕草でブラシを掛けている後姿を眺めながら、肩まで毛布を引き上げる。
「お前、今日煙草吸ってないな」
 そう言われて週末に買った紙煙草のパッケージを開けてさえいないのを思い出して頷いた。
「今は煙草の匂いがしないほうがオンナには受けがいいだろうけどな。そういう趣旨替えか?」
 くすくすと笑っているルキーノに違和感というよりは、世話を焼かれることを受け入れている自分自身の不自然さに疑問を感じて、何も答えずにじっとその背中を眺めた。
「ベルナルド、寝れるなら寝ちまえよ」
 ようやく振り返ったルキーノが、俺の髪を柔らかく撫でてとりあえず目を閉じた。閉じたけれど眠気は来なくて、数秒で目を開けた。
 目を閉じていたのは数秒のつもりだったけれど、ルキーノはベッドサイドを離れていて俺の机の上をごそごそとやっていた。
 灰皿が空なのに気づいてか、ルキーノは俺の方を見た。
「コーヒーじゃないのは珍しいな?」
 ルキーノが口にしたのは煙草のことではなかった。そういえば、今朝飲み掛けのレモネードのグラスをそのままにしていたことを思い出して頷く。
「そういえば、そうだな」
 ふわふわとした頭のままで言うと、ルキーノは大股で俺の傍に再び寄って俺の肩を掴んだ。
「そういえばお前、最近食事回数減らしてるって」
「……食べる気がしなくて。食事前に気持ち悪く…」
 そこまで言って、ルキーノが真っ青な顔をしていることに気づいた。
「――――、ベルナルド」
 ルキーノは俺の名前を呼んで、一瞬――ほんの一瞬だけ、視線を下に揺らした。
「……ルキーノ?」
 どうしてか、俺の声はまるで他人――女のそれのように目の前の男の名前を呼んだ。
 弾かれるようにルキーノの手が離れた。
 俺が殆ど無意識に抱いた毛布を半ば引きずるようにルキーノの後を追うと、ルキーノはバスルームでトイレに突っ伏して、嘔吐しはじめた。
 俺は立ち尽くして、全力で俺を拒絶する背に触れることも出来ずにぼんやりとその光景を眺めていた。