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年上扱い

 扉をノックする音で目を覚ましたが、壁越しのくぐもった声で俺の名前を呼ぶ相手に気づいて、毛布を頭から被り直した。
 予想通り俺の返事も待たずに扉は開いて、カーペットを踏む足音が近づいてくる。
「ベルナルド、寝るならベッドに行けよ」
 降ってきた声をもう一度無視した。
 顔を合わせたら、八つ当たりをしてしまいそうだった。
 ため息があって、声の主は俺が横たわっているソファに腰を下ろしたのが分かる。頭の方が沈んだのが座りが悪く、身じろぎをする。
「あんたがサボりなんて珍しい」
 きっと俺が眠っていないことに気づいていて、独り言のように男は言う。煙草の火をつける気配がした。
「なあ、ベルナルド」
 囁き声と同時に毛布越しに頭を撫でられて、その手を思わず叩く。
 僅かな沈黙の後に、忍び笑いが聞こえた。
「甘えるのが下手糞だな」
 ぽんぽんと再び頭にやられた手を、今度は振り払うことが出来ない。
「……お前が甘やかすのが下手なんじゃないのか?」
 代わりにそう文句をつけると、また笑い声が耳に届く。
「大人がなんて言い草だ」
 バサリと毛布を剥がされて、薄い明かりが視界を焼く。目を細めている間に乱れた髪をかき上げられて、目が慣れれば人好きのする笑みを向けられた。
「甘えろよ」
 年下の生意気なセリフに、笑う。
 それでも半分、毛布を被った状態で起き上がって肩を借りた。甘い煙草の匂いがする。
「あんたは人が血反吐を吐きそうなことには耐えられる癖に、ガキでも鼻で笑いそうなことには傷つくんだな」
 どこかで何かを耳に入れてきたらしいルキーノがそう言って、俺は目を閉じた。服越しに伝わってくる温い体温に安堵するなんて、本当にガキと変わらないと思う。
「俺は繊細なんだ」
「それはないけどな」
 呟きはあっさり切り捨てられて、目を開けた。口元に笑みが浮かぶ。
「慰めにきたのか、違うのかどっちだ」
 擦り寄るように肩に身体を寄せると、ルキーノはまだ長く残った煙草を灰皿に押し付けると、魔法みたいな所作で簡単に俺をソファに押し倒した。
「言ったろう? 甘やかしに来たんだよ」
 そうキスをされながら、女だったらこれで落ちるんだろうな、とどこか遠く思う。
「背中にも手を回せないのか?」
 唇の離れた至近距離で囁かれたので、色男の鼻先を指でピンと弾いてやった。
「癪だからな」
「あんたなあ……」
 面食らったルキーノが、はあ、と肩を落として俺を抱きしめる。
 俺の肩口に顔を埋めたルキーノは、何か考え込んでいるのかもぞもぞとしてから顔を上げた。
「分かった。じゃあ俺を甘やかせよ」
「なんだそれ」
 髪を撫で、こめかみにキスをして、それなのに子供じみた仕草でルキーノは首を傾げる。
「年上に年下が甘えるのは、不自然じゃないだろう?」
 どこか勝ち誇ったような表情と言葉は、嫌いなものではなかった。この年上の男も、俺がそういったものを好いていると知っていてやっているのだろう。手の内を知られるというのは、やりにくくていけない。
「分かった分かった」
 降参したと両手をあげて、そのまま俺よりも広い背中に腕を回す。どうしてもこの瞬間が慣れなかったが、ルキーノの言葉の通り“甘やかしている”と思えばなんとか我慢出来た。
 頬にキスをされると、確かに犬猫に甘えられているような気分になった。
 言葉ひとつで、甘やかされている。本当にルキーノの言葉通り甘えるのが下手だと思う。歳を食った分だけ、こんなにも浅ましく体温を求めているのに。
「ベルナルド」
 名前を呼ばれて泣きそうになった。
 自分から唇に噛み付いて、今にも吐き出しそうな感情を塞いだ。