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カウンターストップ

「俺はお前が嫌いだったんだけどなあ……」
 妙な感じにしみじみと言うと、キス寸前まで近づいていた顔がピタリと停止して、眉間に皺を寄せた。色男が台無しなので、刻まれた皺を指でぐりぐりと押しつぶしてやると、今度はため息。
「ベルナルド、ベッドの上で取り留めのない話を唐突にしだす癖やめろよ」
「唐突か?」
「ワーカホリックのあんたとやっと被った休みの前日、ホテルに二人っきりでベッドの上で抱き合ってる時に言う台詞じゃねえのは確かだと思うが?」
 萎えたらどうしてくれるとぼやくので、伸し掛られている身体をずらすように背を浮かす。
「しっかり当たってるが?」
「ほんとに萎えたら困るだろ」
「俺はそうでもないが」
「そこはYESって言っとけよ、常識的に考えて」
 もう一度派手にため息を吐いて、ルキーノは俺の服を脱がし始める。何というか、形式張ったものを好むのはベッドの上でも変わらないらしく、キスを交わすときより服を脱がせている間の方が楽しげにしているので好きにやらせておく。
 こうなるとその数分間の暇の間にものを考え込んでしまうのは仕方がないことだとは思うのだが、どうしてもルキーノにはそれが理解しがたいらしい。
 ぶつくさ言っていたさっきとは一転、鼻歌でも歌いだしそうなルキーノを眺めながら、それとなく頬の傷を指先でなぞる。向こうも好き勝手やっているので、俺の挙動は気にしないらしく、意に介さないままご丁寧に俺のシャツのボタンをひとつずつ外している。
 この傷が出来るより前から俺はこの男の事を知っていたが、こんな関係になるなんぞ欠片だって予測していなかった。
 そもそも、さっきの言葉通り、俺はこの男が嫌いだった。
 ジョッグを嫌悪するナードという、実にありがちな形で抱いた感情は、日に日に分かりやすい嫉妬に育った。まあ、その辺は未だにリア充爆発しろと思っていないわけでもないが。
「……ベルナルド、そろそろこっちに集中しろよ」
 ベルトに手が掛かった時点でルキーノがそう言ったけれど、赤毛を撫でて誤魔化した。俺が欲しかったのはこの赤毛ではなく、あのブロンドだった。もっとも、欲しかったとはいっても、手を伸ばすつもりはなかったが。
「ベルナルド」
 焦れた声が降ってきたので、流石に思考は切った。
 裸の胸が触れ合うのは嫌いではない。女とは違う、熱い肌はこれはこれで心地いい。抱き合って、戯れのキスを幾つか交わす。
「あんたは時々今でも俺のことが嫌いなんじゃないかって思うけどな」
 さっきの言葉をしっかり気にしていたらしいルキーノの台詞は、若干予想外だったので反応に遅れた。
「……いや、それはそうでもないけどな」
「なら即答してくれないか、せめて」
 色男が完璧な仕草で髪をすくい上げ、そのひと束に口付けながらぼやくその様に、悪戯したくなる。
「そういう女々しい所が好きだからな?」
「…………ファンクーロ」
 照れ隠し、だろうか。深く唇を重ねられ、舌を嬲られる。応えて薄く開いた唇で卑猥なリップ音をたてながら、舌を絡め合う。主導権を主張するようなそれを受け止めて、小さく息を漏らすとルキーノの唇が放れる。
「……俺が、嫌いな相手と好き好んでベッドを共にするほどのマゾヒストに見えるかね?」
「あー、すまん。それは否定出来ねえ」
「失礼な」
 仕返しの台詞に苦笑すると、それでルキーノは機嫌を直したらしい。そういう、意外と単純なところもまた気に入っていたりもするのだが、流石にそれは言わないでおいた。
「ルキーノ」
 代わりに名前を呼んでやったら、抱き締められた。首に噛み付かれて反射的に背中に爪を立てれば、気をよくしたルキーノが耳元で笑う。そういうところが、可愛いと思う。変わったのはいつからだったか、なんて考え始めたら直接触れてきたルキーノの熱い手に意識はもっていかれた。
「っ……、お前は、こっちの覚えもいいよな」
「イイなら素直にそう言えよ」
「イイ……から、もっとしろよ」
 煽ったら単純な男は、俺が考え事している間に用意しただろうワセリンをすくって俺の尻の間に指を滑らせる。
 冷えた感触にしがみついて目を閉じると、ぬちゅりと卑猥な音が余計に耳に鮮やかに聞こえた。
「…ン、ぅ……っ」
 増やされていく指の圧迫感に息を漏らすと、額に口づけられる。ちゅ、と濡れた感触に促されるように目を開けると、薄闇に赤い瞳が俺を愛おしげに見ている。
 ――嫌っていたのは、お前も同じだろう、となぜだかその目を見て言いたくなった。
「ベルナルド……」
 過去に囚われて、嘘でも愛してるとも好きとも口に出来ない哀れな男は、俺のタトゥーに誓いのようにキスをくれる。それは、言葉より雄弁だというのに。
「我慢してたんだろ、レオーネ。……好きにしたらいい」
「……俺としてはあんたがされたいことをしたいんだがな」
「だったら……分かれよ。お前の勝手にされるのが、好きだってことくらい」
 一瞬の間の後に、ルキーノが口角を上げて笑う。血に飢えた獣のような表情に、ぞくりとする。
 まだ解れるには不十分な場所に乱暴にねじ込まれて、喉の奥で悲鳴を上げた。
「我慢すんな、声も……」
 奥に凶暴な熱を収められ、息を整えようとしたら眼鏡を取り去られる。それをどこにやったか追うことも出来ずに引き抜かれて、また元の位置に。濡れた音がぞくぞくと腰を揺らす。
「――ァ、あぅ……、…っふ……あ、ぁ」
 声を噛み殺していた口に指を押し込まれて、唾液と共に声が溢れる。ルキーノの指を噛みそうになるのを必死で堪えて、思考を塗り潰す痛み混じりの快楽に溺れる。
「ほんと……あんたは、俺を使うのが……うまいな」
 じわりと滲んだ視界に至近距離の赤だけが鮮やかに映る。
「俺だって嫌いだったさ……。今も、そうかもしれない。どっかでキレて、気づいたらこのザマだ。あんただってそうだろう?」
 嫌悪感がキャパシティを越えた、そんな気はする。その程度には、同じ時間を過ごし過ぎた。溢れた行方のない感情を、俺たちは同じに勘違いしているのか。
 笑えるくらい、明確に答えは出た。
「……俺はそれなりにあいしてるよ」
 臆病な男が使えない言葉を吐いて、浮いた涙を擦り付けるように顔を抱き寄せて、傷痕に舌を這わせる。
 代用品相手に借り物の愛を交わして満足出来るほど、俺は安くない。それはルキーノだって同じだろう。言えないだけで。
 虚しさをねじ伏せて俺を抱いているのだとしたら、お互いに幻覚相手に片思いしているようでそれこそ救いがないだろう?
「ベルナルド……?」
 アホ面晒したルキーノの唇に噛み付いて、自ら腰を揺すると、いつも余裕を装っている男は声を詰まらせた。愛しい。
「ふ、ぅ………ばぁか……俺はお前が思うほど器用でもないし…純情貫けるほどの年でもないよ」
 嫌いだったのは、憧れないように必死だっただけだ。
 矜恃が、立場が、状況が、それを許さなかった。
 無意味だと分かっていれば、ブレーキをかけるのは必然で、時間が壊したのはそのブレーキの方だったというだけの話だ。
 ブレーキの形はジャンに対してとは逆だったが、それはルキーノがそうさせたと思うからフォローはしてやらないし、素直に捕まってやらないのは癪だからだ。やっぱり、ジョッグ嫌いはどうしようもない。
 ルキーノはまだ何の話だ、という顔をしている。
「……時間はある。ゆっくり教え込んでやるよ、ガッディーノ」
 察しが酷く悪い恋人に笑いかけて、がぶりとその首に噛み付いてやった。
 欲しいからこそ手を付けなかったのは、ジャンと同じだということは俺の弱みなので一生言わないでおく。