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再教育

「こんな日くらい、休みが欲しい」
 そんなぼやき声のした方に視線をやると、丁度ベルナルドがベッドに突っ伏すところだった。
 ベッドの上に散らかっていたカードがバラバラとシーツからこぼれ落ち、俺はその一枚を拾い上げながらため息を吐いた。
「極度のワーカホリックがそんなセリフを吐くようになるなんざ、随分と成長したもんだ」
 俺を恨みがましい目で一瞥したベルナルドは、シーツの上に何か吐き捨てたらしく、くぐもったうめき声が聞こえた。背中を撫でてやりながら隣に座ると、再び何枚かのカードが滑り落ちる。俺に送られるタイプのものとはまた別の、シンプルで品のあるカードがこつりと俺の靴先を叩いた。
「お前も多少の愛想振りまくくらい、苦手な仕事じゃないだろ」
「仕事としては簡単でも気乗りするもんじゃない。お前には分からんだろうが」
 ブツクサとぼやきながらベルナルドが身をよじり、また一枚落下する。その全てが、ベルナルドの誕生日に宛てられたカードだ。
 自分やジュリオに毎年送られる量に比べれば、些細なものだったが、ペーパーテスト前の大学生のように礼状を作成する仕事を放置しているベルナルドは酷く珍しい。
 愛想も悪い方じゃない。一緒に過ごしていると実にナードらしい多少の空気の読めなさはあるが、時折必要になる“社交界”には上手く適応しているように見えたので、意外ではあった。
「この間のパーティでだって、カタギの女が見惚れるような、甘ったるい視線も投げてたじゃないか」
「だから……」
 ベルナルドは言いかけてから、ため息をひとつ。あとは持ち上げかけた手を振って、もういいと話を切った。
 仕事だ、の一言でこっちが呆れるくらい愚直になれる男が、そうやって面倒臭がっているのが妙に可愛い。おっさん捕まえて可愛いなんて正気じゃないが。
「なんだ、誕生日くらい仕事もせずに恋人と二人きりで過ごしたいとか言い出すのか?」
 そろそろシワになる前にジャケットを脱がせたいなんて思いながら背中を撫でてやると、クスクスと突っ伏したまま男が笑う。
「単純に身体が効かないんだ」
「色気も何もないな」
 呆れながら諦めてコンプレートを脱がせ始めると、ベルナルドはされるまま大人しく俺の手を借りてジャケットから腕を抜く。
「昔のお前だったら、怒ってたな今の」
 身体を半分起こし、ずれた眼鏡を直しながら言うベルナルドの髪を撫で付けてやって笑うと、ベルナルドの方が意外そうな顔をした。
「流石に慣れたからな。もっとも、俺を怒らせて喜んでたのももう分かってるからな。ああ、それともサービスするか?」
 ん? とそのまま頬を撫でると、空気を読んだようにカードがまた一枚、かさりと音を立てる。
「俺も年を食ったな」
「髪の話か?」
「殺されたいみたいだな?」
 同業者を脅す時でさえ使わないような低い声と共に、俺のネクタイを掴んできた手を逆に捕まえて、指先にキスと“Buon Compleanno.”と言葉を落とす。
「……お前も、昔の方が可愛げがあった」
 照れるでもなくそう言い捨てて、シャツのボタンも半分引っ掛けたまま、再びベルナルドはベッドに横たわった。俺も殆どそれを無視してスラックスの方を脱がしに掛かる。
「可愛げっていうより、俺をガキ扱いするのが好きなだけだろ。俺はもう“こう”なった頃のあんたより年上だぞ」
「フ……フハハ、そりゃ可愛げもなくなるな。俺の教育の賜物だ」
 俺を不機嫌にさせる言葉をこぼしながら、笑う男は上機嫌に俺にソックスまで脱がされている。
「もっとも、あんたは出会った頃から可愛くなんかなかったけどな」
 そんな嘘もベルナルドは楽しげに聞き流し、カードを身体の下敷きにしたままサイドボードに手を伸ばした。
「仕事は明日だ。どうせ今夜中に終わるわけがない」
 終わらせる気がないだけの上司はさっきとはうってかわって上機嫌に貰い物らしいリボンのかかったワインボトルを持ち上げて見せると、俺が傍らの椅子にわざわざかけてやったジャケットを嫌がらせのようにぐちゃぐちゃにかき混ぜて内ポケットからナイフを引きずり出した。
「誕生日に仕事してる暇があったら、酒と恋人とのセックスで前後不覚になった方がマシだ」
 ワインの栓を剥きながら、数年前だったら絶対に言わないようなセリフでベルナルドは俺の顔を伺う。チンピラのようにコルクを瓶の中に押し込んで、そのまま煽った。
 ベルナルドの手首に、ワインボトルの首に掛けられたオリーブ色のリボンと共に、赤いワインが筋を描く。
「なあ、ルキーノ。もう一度だ」
 唇を赤く濡らし、マフィアの癖に左手に持ったナイフを乱雑にベッドの下に落として俺を誘う男の手を、言われるままもう一度取り口付けた。