Novel

TOP > SS > LUCKY DOG1 > Luchino x Bernardo > Na2SO3(/)

サイドメニュー

Menu

Na2SO3(/)

※よねこさんに頂きました


 役員会と幹部による定例の食事会。最後に供された鮮やかな色のマカロンに密かに仕込まれた毒はベルナルドの身体を速やかに犯し、ワインより赤黒い血がテーブルに散った時には誰が見ても手遅れだった。ただ、その隣には幸運の女神に守護されしラッキドッグージャンカルロがいた事が唯一の幸いであった。
 一つには、偶然にもその会場であったホテルから2ブロック離れた所に組織の息が掛かった病院があった事。
 二つには、幹部全員が揃っていたため混乱する場を収めるだけの人材が確保されていた事。
 三つには、死に体のベルナルドがジャンカルロの無事を確認してから意識を失った事である。
 これは偶然、ベルナルドの正面に座っていたルキーノが気付いた事だった。空になった皿が下げられるタイミングで代わりにテーブルを彩るエスプレッソと小振りなマカロンは白いテーブルクロスにもよく映えて、定例会という形式ばった席では用意出来ないコンパニオンの華やかさの代わりにもなるようだった。
 いつもなら役員に一人囲まれて作り慣れた笑顔の仮面で過ごす時間を、この時は周りに気の置けない仲間がいることで消化も良いだろうジャンカルロの隣のベルナルドが、互いにしか聞こえないような声で二、三会話を交わして笑いながら黄色いマカロンを指で摘まんで口に入れた所も、それを見たジャンカルロが緑色のマカロンに手を伸ばした所も見ていた。ルキーノはその時、静かに近付いて来た部下から報告を受けていた所だったので、給仕も気を利かせてコーヒーを運んで来ず、さりとて視線は何事もないように部屋を見回していなければならなかったからだ。だから、普段沈着冷静な彼が不快な音を立てて椅子を引く姿も、噎せたように口元を右手で覆ったベルナルドの目が血走る様子も、その指の間から滴る物がワインではない事にも一番に気が付いてしまった。
 混乱する部屋でベルナルドの名を叫ぶジャンカルロはナイフを構えたジュリオが守り、腰を抜かしたり恐怖のあまり罵声を飛ばすしか出来ない役員と命乞いをせんばかりに震える給仕達をイヴァンが吠えて統率を試みる。この状況において指揮権を持つのは次席幹部であるルキーノに渡り、その時彼のした事は部下を外へ走らせると同時に筆頭幹部の現状を確認する事だった。処女のように真っ白なテーブルクロスはベルナルドの周りだけバージンロードのごとく真っ赤に染まり、この日の為に仕立てた衣装が汚れる事も厭わずに机に突っ伏した身体を抱き上げると同時に机の下に転がり込む。吐いた血のせいではなく顔色は白く、鼻からも鮮血が垂れていた。一刻の猶予もないのは一目でわかった。
「ベルナルド、聞こえてるか!? 待ってろ、部下に医者を呼ばせて…」
 手の甲を口元に寄せると微かにだが乱れた息が確認出来て、即死ではない事はわかった。畳み込まれるような襲撃がない事を祈りつつ、辺りの様子を窺うように顔を上げると突然左手に痛みが走り、驚いて下を向いた。
 数秒前まで閉じていた目が大きく見開かれ、毛細血管が浮き出る眼が自分を睨んでいる。血に塗れたベルナルドの手が、呼吸を確認したルキーノの手に蛇のように絡んでいた。
「…ジャン、は」
「Vaffanculo!! 喋るな! ジャンにはジュリオが着いてる! クソ、おい! 医者はまだか!!」
 吐いた血が眼鏡のレンズにまで跳ね、死体を見慣れた自分でもぞっとするような迫力のベルナルドが何かを言おうとするのを叱り飛ばしながら再び顔を上げると、下から伸びた手が驚く程の強さで髪を引っ張り、それに抵抗出来ず引き摺られて初めてそれがベルナルドの手だとわかった。予想以上の力で引かれたせいで反発出来ず、赤くなった眼鏡が自分の目に当たりそうになった寸でで辛うじて止まる事が出来た。
「おい かけ…はん、にん 、にが 、に…」
「ハァ!?」
 呼吸もろくに出来ないのであろうベルナルドは、その途切れ途切れの呼吸混じりに、何とか聞こえるような微かな声で、この後に及んで尚自分の身を案じない台詞を吐いた。
 ベルナルドは組織をーファミーリアを大切にする男だ。だが、今のこの状況でも自分を案じる気配もない。

「ル、キーノ おまえ、しかたのめ、ない」

 その時丁度カンパネッラが襲撃の気配はないという報告をする為に拳銃を抜いたまま突進するようにしてルキーノの元に駆け寄ってきた。そのカンパネッラにベルナルドを病院に連れて行くように指示を出せばいい。その筈だった。だが、ベルナルドは俺の手を離さない。それどころか、もっと強くー骨が軋むような強さで訴え、言葉で行動を制限した。その一言にルキーノは眉間の皺を深め、一瞬の間に腹の内で思い付く限りの悪態を吐いた。

「オメルタの もと に」



「…オルトラーニ隊は俺が預かった、お前達はオルトラーニ隊と合流しろ。ホテルからネズミ一匹逃がすな、全員捕まえろ。警察が騒ぎ出す前にここは封鎖だ、処理が必要な場合はザネリとジョバンニの指示を優先しろ。いいか、絶対に逃がすな。…いけ!」

 机の下に転がり込んできたカンパネッラが見たものは直属の上司と彼が抱える上位幹部の姿で、ベルナルドの死相とルキーノの出した指示に流石に狼狽えた表情を見せた。だが最後の叱咤にすぐさま立ち直り来た時と同じかそれ以上の勢いで駆け出して行った。
 ベルナルドはその弾けるような勢いを肌で感じて状況を察したのか、不意に掴まれていた手の痛みがなくなり、それ以前に冷たさすら感じて…それに気付いたルキーノが顔を下げた視線の先には、青ざめたベルナルドの顔に紫のチアノーゼが現れて始めていた。