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スタートライン

 金曜の夜には花束を抱えて、オンナを迎えに行く。
 完璧なエスコート、食事、エスコート、セックスにピロートーク。そういうルーチンワークを重ねていた。飽きもせずに、何年も。
 ――飽きたから別れたわけじゃない。薔薇の花を生けた花瓶だって、毎日水を変えてやれば長生き出来る。けど、永遠に生きていけるわけじゃない。
 つまり、そういうことだ。そういう、恋だった。
 暫く、そういうのはいい――俺には仕事がある。そう思っている間に何年か経った。思い返せば瞬きする速度で、実際には新築だった本部の電話部屋で、電話線を取り替えなければならないくらいの時間が横たわっている。
「ベルナルド、そういうのは部下にやらせろよ」
 俺が電線をペンチで切断した瞬間に、頭上から呆れ声が降ってきた。視線を上げると、無駄にでかい男が俺を見下ろしていて、“あんたの仕事はこっちだ”とばかりに書類を差し出している。
「気分転換だ」
「示しがつかないだろって言ってるんだ」
 ルキーノにそう言われれば、時折まだチンピラの片鱗を隠しきれないジャンの姿がよぎる。そういう組だと思えば、まったく年下の癖に堅い男だなとこっちが呆れたい気分になった。
「お前が配る花を一度愛でるのと同じ仕事だ。黙ってそっちで待ってろ」
 俺が切断した二線のフラットケーブルをナイフで割いて、電線の被覆を剥き出すのを見て、ルキーノはため息を一つついて、諦めたらしく書類を脇に抱えて部屋の隅のソファに引っ込んだ。
 配線を敷き直す頃には、ルキーノは俺の部下に勝手に持ってこさせたコーヒーを二杯、飲み終えた所だった。
 軍手を外しながらルキーノの前に立つと、もう怒る気もしないらしい男が黙って書類を差し出してくる。
 ルキーノのフロントと共同でやっている事業の報告書と、俺の確認が必要な書類が一枚挟まっていて、その場でポケットにさしたままの万年筆でサインをした。無理矢理、手の甲に書類を当てて書いたので俺の筆跡は歪んだが、構わずルキーノに返してやる。
「俺をこんな扱いにしてくれるのは、この街じゃああんたくらいだよ」
 不満や怒りより、どこか感心したように言うルキーノは、ソファの隣を自然に開けた。
 ふと、六年前の抗争からケーブルを張り替えるくらいの時間に出来た距離が、唐突に可視化されているのに気づいた。俺はいつの間にこんなにこの男と近くなったのだろうか。
「……? どうした、ベルナルド」
「ん、いや」
 曖昧に笑うと、隣に座った。
 普段と変わりない距離になる。例えば役員会で爺どもにいびられる時、幹部会議で円卓に座る時、顧問を交えた食事会の座席、ルキーノはいつも俺のこの位置にいる。あの頃にいた、恋人よりも、憧れた男よりも長く。
 ――いつだって俺の恋は、暗闇の底で眩しい光を浴びせられて始まった。
 退役してようやくボロボロになりながら入った三流大学の入学式の後、迷い込んだショウパブで見た年上のオンナに――、殺されかけ救われて、手を差し伸べてくれた金髪の天使に。
 俺が返した書類を検めているルキーノを、ソファに深く腰掛けた状態で左側から盗み見ると、耳の後ろの巻き毛がよく見えた。意識をすれば、雨の日なら室内まで届く外気の冷えたような匂い、それから自慢げに漂わせているムスク。
 光ではなく、ただ、同じ場所にいる。
 なるほど、……と、妙な納得をした。
 自ら、いい男だと豪語するだけある。俺がひどく鈍いのは、もう仕方のないことだったのだし。