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ガラテイア

 週末に、狙いすましたかのようにすっぽりと時間が空いた。
 幾つか入っていた筈の予定が、それぞれ先方の事情でキャンセルになり――身体だけ余らせてふと気付いた。気付いた時には、今しがた切ったばかりの電話が鳴り始めたので、予感というよりその予想は正解なのだと察しがついて、ため息をついた。
 俺の電話中、カウンターの奥に引っ込んでいた店主がそそくさと新たにベルを響かせている電話に出ようとするのをウィンクで躱し、受話器を持ち上げると、相手も確認せずに言う。
「あんたの仕業か?」
 一瞬の間があって、クスクスと笑い声が届いた。
「察しが良い奴は好きだな」
「そうかよ」
 想像通りの相手の声に、うんざりとなりながらも答える。受話器を電話口の相手がいつもしているように肩に挾み、煙草の火を点けた。
「……それで?」
 自分の吐き出した紫煙が吊るされたライトに瞬くのを眺めながら言うと、ベルナルドは鼻歌でも歌いだしそうな機嫌の良さで言葉を返す。
「いやなに、お前と飲みたいと思っただけだ」
 歌うような声に、ベルナルドがチェシャ猫のように笑うのを想像した。恐らく、外れてはいないのだろう。
 この数年でようやく分かったが、ベルナルドは俺が昔から想像していた通りに性格が悪く、さらにタチが悪いことに存外にガキ臭いことを平気でしでかす。
「職権乱用はいただけないと思わないか、専務」
 表の肩書きをわざとらしく口にしてみたものの、相手は「なんのことだ?」とさらに煙に巻く。
 それ以上は無駄だと悟ったので、長話に付き合うくらいならと自分が折れることにした。
 確かに仕事柄、女のワガママを聞かされるのには慣れている。まさか、年上のおっさんのそれを聞くような立場になるとは思わなかったが。
「ホテルの方だ。本部には寄らなくていい。連絡はこちらから通しておく」
 案の定、返事を待たない言葉を投げつけられる。
「リチェヴート」
 俺のやる気のない了承を持って、電話は切れた。そういう関係になってから、ベルナルドは随分と自分勝手になった。いや、元々か。本性を出しただけな気がする。でもなければ、俺にネコを強いるなんてことはしなかっただろう。
 何となく、通話の切れた受話器を見つめて眉をひそめた。
 いいようにされている。振り回されている。何より解せないのは、そうされても不満を抱かない自分に、だ。
 見目麗しい、レイディにされるならまだしも。美醜の話をするのならば、ベルナルドも美形の類ではあるのだろうが、それ以前に相手は「だが男だ」と言うヤツだ。
「どうしてこうなった」
 煙草をくわえたままぼやき、受話器を戻した。

 人間の転機なんぞ、どこに訪れるか分かりはしない。そんなもの、酸いも甘いも嫌というほど思い知ったはずだ。それにしても――。
 今日の予定がキャンセルになったことを遅まきながら店主に伝え、二、三、言葉を交わしてから店を出た。
 一歩店の外を出れば、深夜も近かったが、むわりと夏の空気が漂った。
 ジリジリと切れかけのネオンが耳障りな悲鳴を上げているのを横目に、待っていた護衛を帰らせ、適当にタクシーを捕まえる。
 行き先を告げ、俺はあのおっさんが好きなのだろうかと今更なことを考えてみた。でもなければ、現状セフレでしかないのだが、遊びの相手に選ぶにはリスクが高すぎる。
 そもそも最初はそれらを天秤にかけるよりも以前に、あの男がどうやって相手を抱くのか、好奇心が勝ったのは何故だろう。遊びたい年頃でもないだろうと自問する。
 そしてそれはお互いに、のはずなのだが。
 ループし続けることを考えながら、ちびた煙草を窓の隙間から投げ捨ててる。
 殆ど無為に時間を潰し、サイドブレーキが引かれる音に意識を現実に戻した。
 運転手とはもう会話を交わさずにドルを手渡し車を降りると、あとはホテルに足を踏み入れ、深夜で客のいないロビーを抜ける。ホールにいたベルホップが俺の顔を見て、エレベーターを開けてくれる。最上階を示したエレベーターが動き始めると、無駄なため息が勝手に漏れた。
 様式美か、とさえ思える普通不変になってしまった光景。
 最上階のフロアのメインルームの前には、護衛すらいない。このフロアに上がってこれる人間がいないのは分かっていても、数年前を思えば違和感を覚える。そんなこと口にすれば、俺の肝が小さいのだと吐き捨てられそうなので黙っているが。
 ノックすらせずにメインルームの扉を開いた。
「先にやってるぞ」
 部屋に入ると振り向きもせずにベルナルドは言ったので、向かいのソファに腰を下ろした。仕事上がりそのままの、それは俺もだったが――きっちりと執務室に居るのと変わらない姿と顔で、ベルナルドは俺の事を一瞥もせずにグラスを傾けている。
 テーブルの上にはバーボンのボトルと、プレートにはショコラ・カレが並んでいた。グラスも勧めてこないベルナルドに呆れながら、カレを摘んで口に運んだ瞬間、視界が陰った。
 視線を上げると、目の前にベルナルドが薄く笑みを浮かべながら至近距離にいた。指先ごと、ちろりと唇を舐められソファに押し倒される。
「おい、飲みたいんじゃなかったのかよ……」
 文句は薄い唇についばまれ、濃くウィスキーが香るが、甘く汚れた指を持て余して抵抗が出来ない。
「黙ってろ。いつもと同じだろ?」
 笑う声が今度はちゅ、と音を立てて耳元をくすぐる。
 ぞくぞくと勝手に粟立つ肌に苦笑しながら、もう一度唇を奪おうと近付いてきた口に、今度こそ指を押し当てる。
「背中が痛いのはごめんだ。がっつく年でもないだろうに」
 指先で溶けたチョコレートを、駄菓子を我慢出来なかったガキみないな形に、相手の唇の端に塗りつけてやると、またベルナルドは愉快そうに笑う。
「フハハ。こういう事に、歳なんて関係あるか? それこそ枯れる歳でもないだろう」
 それでも身体を離して、年上の男は俺の悪戯のあとを親指で拭うと、べろりとそれを舐め上げた。
 酷く余裕げな、時折見せるその傲慢な表情に、目を細める自分を自覚すれば、被虐趣味の片鱗がこんな自分にもあるものだと、逆に達観出来てしまう。
「ほら」
 ぼんやりしている間に手を差し伸べられた。
 その手を取れば、ベッドまで完璧な仕草でエスコートされる。
 特定の女がいたとは耳にしていたが、それ以上の浮いた話はなかった癖に、と言いたくなったが黙っていた。以前にその話を突っついたら、酷い目に合わされた。この男はプレイという免罪符が付いていれば、呆れるほど貪欲だった。
「ベルナルド」
 ベッドの上で、嬉々として俺の上下を剥ぎ取っていく男の名前を呼ぶと、彼は手は止めずに視線だけこちらに向ける。
「あんた、楽しいのか?」
 機嫌の良さそうな男にわざと言うと、ベルナルドは子首を傾げた。男はおざなりではあったけれど、ヘッドボードに皺にはならない程度に整えたコンプレートが掛けながら歌うように返す。
「楽しくないように見えるか?」
「いいや。解せないだけだ」
「だろうな」
 ベルナルドが俺の質問の裏を知った上で、あえて答えは濁したのが分かって、眉間に皺を寄せた。
 俺のシャツのボタンを外していたベルナルドは、小さく息を漏らす。
「いや、オンナはみんな俺に惚れる、だったか。あの自信はどうした」
 笑みは崩さず、はだけた胸の上にキスを落としてきたベルナルドの髪に触れながら、ふぅと深いため息をついた。
「男に惚れられても困る」
「そりゃ、ご愁傷さま、だ」
 何の遠慮もなく吐き捨てられた言葉に、心臓が跳ねる。
「…………別にあんたは俺に惚れてはいないだろ」
「どう思う?」
 ジャンに似た、悪戯を思いついたようなツラをベルナルドは浮かべる。俺が口を開きかけて、何も言えずに返事に窮している間に、逆に俺を組み敷いている男が声を発した。
「冗談だ。さて、お喋りはこの辺でな」
 素足を撫で上げられ、膝裏に指を差し入れられた事に身体が勝手に反応したのに、ベルナルドは笑みを深める。
 黙ったまま髪に触れていた手をシーツの上に落とすと、それを返事と了承した男は、俺の股間に顔を埋めた。
 生ぬるい、濡れた感触が立ち上がりかけていた場所にねっとりと触れる。
「……――は」
 息を逃がすように顔を上げると、部屋が明るいままなのに気づいてベッドサイドに手を伸ばす。手探りで読書灯を付け、替わりに部屋の照明を落とすと、ベルナルドは探るように動きを止めたが、それは一瞬だけだった。
 そちらを見なくても、咥え込まれている隙間から漏らされる呼吸が茂みに触れているのが分かる。
 ちゅ、ちゅ、と弱く吸い付くだけの児戯のような愛撫と共に、零された唾液を女ではない骨張った指が尻の方に導いていく。
「ン…、っ」
 僅かな痛みと共にぬるりと後ろに埋められていく指に、息を詰める。この感覚だけは、どうしたって慣れない。それでも覚え込ませるように動く指に、背が勝手に跳ねる。
 浮いた腰に、右手が回されて逃げられないように固定されて、思わずその腕に手を掛けたが、笑う声ひとつで躱された。
「――ァ、………、ふ」
 抗議にもならない言葉は当然無視され、唇と舌で柔らかく噛まれながら指を増やされるのに、ベルナルドを掴んでいる指に力が入ってしまう。
「も……いい、ベルナルド」
 勝手に溢れそうになる涙を無視して言うと、ようやくベルナルドの顔が上げられる。
「遠慮するなよ」
「――遠慮に見えるか?」
 傲慢に冗談にもならない事を言うベルナルドを殴りたくなったが、引き際を弁えた男はチョコと同じように口元を手の甲で拭いながら身体を起こす。
「こっちは、相変わらず淡白だな。そういう反応が、またイイんだが」
 ほんの数十分前に電話口で聞いたのと同じ笑い声を漏らすので、呆れずにはいられなかった。自分よりガタイがいいのを捕まえて、何が楽しいのか理解出来ない。
「女相手にもそうなのか、あんたは」
 何となしにそう口にすると、すぐ耳元に手を置かれ、ベルナルドはまじまじと顔を覗き込んできた。
「ベッドを共にする相手を誰かと比べるなんて、無粋とは思わんかね?」
「あんたがどこまで本気か分からないから――」
 フラフラと言葉を操る男の本心など理解出来る訳がない、と言いかけたが、ベルナルドが慣れた仕草でひょいと俺の片足を持ち上げた。
「最初に言ったよなあ、黙ってろって」
 抵抗する声も手も上げられないまま、半端に解された場所に熱が押し当てられる。
「ッ――ぅ…ん、ンッ」
 指より明らかに質量の多いものが、ゆっくりと身体を切り開くように受け入れさせられる。この瞬間だけは、どうしても快感より吐き気が勝る。
 上手く息を吸えなくなって無言で喘げば、柔らかく唇を重ねられる。さっきまでの文句とは裏腹に、奪うものでなく、呼吸のタイミングを教えるように触れて離れるのが優し過ぎて笑えてくる。
「ルキーノ……」
 瞬くと、こんな時にまで眼鏡を掛けたままのベルナルドの目とぶつかる。
 髪を撫でる指が、労わるように身体を撫でる掌が、その視線の意味、が――気づきそうになって、目を閉じて自らベルナルドの唇に噛み付く。
「何でもいい、から、好きに……しろ」
 キスの合間に、情けなく掠れる声で告げる。
 意味などお互いに、必要ない。この先も。
 そうでなくてはいけないはずだ。そう振舞うのが、正解だ。
 少なくとも、今は。
「ん……」
 瞼を掠めていった手指が、そろりと腰を掴む。そのまま、ぐっと最奥まで挿入されて、喉の奥から声にならない悲鳴を吐いた。
「ァ……ぅ、…………あ」
 慣らすように奥まで埋めたまま腰を揺すられ、鈍い痛みと薄い快楽に目を開けると、さっき一瞬見せていた顔ではなく、嬉しそうな――いつものベルナルドだった。
「もっと、こっち……くれよ」
 安堵し、口づけを強請るとまた満たされる。キスを交わしながら、ベルナルドはお互いの腹の間で萎え掛けていたペニスを扱きはじめて、それだけで痛みは忘れられた。
「ベル……っふ、ぅ…ぁあ、ア…」
 いつの間にか、浅い場所まで引き抜かれたものが再び押し付けられる。
 ベルナルドの手の中で育つものから来る快楽なのか、後ろで感じているのか分からなくなって、ひゅ、と喉に悲鳴を引っ掛けて吐精していた。
「――あ、…は」
 殆ど激しい動きもなかったのに、征服された証明のようにベルナルドの指の隙間からぽたぽたと自分の腹に白濁が溢れる。
「……まだいけるだろ?」
 男は捕食者の顔で、口角を上げた。
「ベル、ナ――…っ、ひ」
 遠慮もなく、俺の身体を使い始めたベルナルドから幾度となく繰り返されるキスに溺れ、喘ぎながら、もがいた。
 酸欠と快感で真っ白に塗りつぶされた思考が、ようやく無駄なことを考えるのをやめたので、あとは喰い潰される感覚に全部を投げ捨てた。

「――――あいしてるよ、ルキーノ」
 それでもどうしてか聞こえてしまった寝言は、意識の淵に投棄して見なかった事にした。