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ZAP

 男が贈り物をするのに、下心がないはずがない。
 ドレスも花も、相手を飾りつけてそれから、そのラッピングを剥がすのは自分だと主張するために贈るのだ。
 そして指輪ならもっと分かりやすい。
「っ……痛いよ、ルキーノ」
 ベルナルドの左手の薬指に噛み付きながら視線を顔に向けると、困ったような表情が俺を見ていた。ちろり、と舌で痕を付けた場所を舐めると、その瞳がぴくりと揺らめいた。
「痛くしてんだよ」
「……これは何のお仕置きかな」
「思い当たる節は?」
「八つ当たりなら幾つか」
 なんてベルナルドはとぼけながら、いついつの領収書の話やら黙って凍結してしまったとかいう請求書の話を嫌がらせにしだす。
 呆れて、というより諦めてその手を放し、彼の隣に横たわった。キングサイズのベッドが僅かばかり軋んで揺れる。
 さっき一緒にシャワーを済ませてバスローブを羽織っているベルナルドは、解放された手を掲げて、噛み痕のついた指をまじまじと眺める。
「ガキが。こんなものに頼らないと不安か?」
 あっさりと人の弱みを言い当てて、しっかりとそこも虐めてくる。ベルナルドに言わせれば、年上の楽しみかつ嗜みらしいが。これだからナードは性格が歪んでいる。
「こんなことに執着するガキがいるか」
「ん、確かに」
 ベルナルドは俺の言葉に酷く感心したように頷いて、一人で何かしらの物思いを始めてしまった、どうしてもこいつのこの癖はいけ好かない。
 が、思ったより早く現実に帰ってきたベルナルドと目があって、一瞬ギョッとしてしまった。顔には出ていなかったらしく、ベルナルドはなんでもないように口を開く。
「揃いの枷ならわざわざ買わなくても、外せないのがついてるだろ」
 ひらりとベルナルドは自分の左手を返して見せる。
 効率重視の筆頭幹部殿にとっては、自分で制御出来ない感情は無駄なものに仕分けられるのかもしれないが、ドヤ顔晒した男に心底呆れる。
 確かにそれは掛け替えのないものだが、あんたの場合は乗っかってるものが俺とは別の意味で不純じゃねえか。
「不満そうだな」
「……不満でいっぱいだよ」
 寝返りを打って天井を眺めつつ、ベッドサイドに手を伸ばす。読書灯の側に置きっぱなしだった煙草とライターを拾い上げ、火を点けた。――ちっとも旨くない。
「お前のだけだって印が欲しいなら、オンナ引っ掛けてこい」
「分かってるよ。何でも見透かしたみたいに言うんじゃねえ」
「俺はお前のそういうところが好きだがね」
 飄々と愛のようなものを語る男は俺の口から煙草を拾い上げ、自分の唇に。
 暗がりには色が濃く見えるアップルグリーンの髪をかきあげて、神経質そうな指で煙草を口にやる仕草は、そこらの女よりよっぽど色っぽい。
 ベルナルドの言葉を結局自分の狭量さで信用しきれない俺は、この男から見ればさぞかしガキで情けないものなのだろう。
 それでも俺の傷には触れずに正しい距離で甘えさせてくれるのは、確かにベルナルドの――。
「考えて答えが出ないなら、寝ちまえ」
 そう言うベルナルドの表情を横目で伺うと、美味そうに肺に煙をいれながら、読書灯を眺めている。
「世の中、時間が解決するのを待つしかないことだってあるだろ」
 こちらを見ないままベルナルドは、俺の頭をジャンにするように撫でた。
「……指輪以外のものなら受け取ってやるよ」
 そんなふうにベルナルドは今までにない譲歩を見せたので、俺は何も言わないまま目を閉じた。
 ベルナルドを飾りつけて、それをひっぺがしたって満足など出来ない。
 ましてや、受け取って貰えない指輪なんぞ仕立てる気にもならない。また開けられないケースが増えるだなんてごめんだ。
 結局のところ、俺は俺が守る責任を負わなくていいものを愛したいだけなんじゃないのか?
 ならば最初から指輪を、約束を交わしたいなど考える事自体、滑稽だ。
 ただ、俺の事を愛してるか、なんて女々しいこと言える訳がない。